真夜中プラトニック
「社長はあの通り表情があまり動かないし仕事以外のことではとんでもない口下手ですが、若くして奥様を亡くされた際も、どれだけ周囲が再婚を勧めようと一途に奥様だけを想って断り続けたそうですからね。愛情深い方なんだろうと思いますよ。わかりにくいのが難点だけど」


 そう話す田宮さんも、そんな“秋月社長”を慕っているのだろう。

 思わず微笑んだ私は、隣にいる朔夜さんの腕をつつく。気づいた朔夜さんはちらりと私に視線を向けて、なんだか拗ねたような顔だ。


『俺はずっと、親戚の……周囲の語る話に惑わされて、父の本質を見れていなかったのかもしれない。……これからは、ちゃんと、見たいと思う』


 実家を後にした帰り道、彼がつぶやいた言葉を
私はいつかお父様にこっそり教えてあげたいと思う。


「おふたりはこの後、陽咲さんのご家族のところへお参りに行くんでしたっけ」
「はい。田宮さん、今日はありがとうございました」


 店を出てから改めて田宮さんに礼を伝えると、彼は朗らかに笑って答えた。


「いえ、こちらこそありがとうございます。専務をもらってくださって」
「おまえはなに目線なんだ?」


 朔夜さんのうんざりした顔も意に介さず、田宮さんは手を振りながら去って行った。

 私と朔夜さんも、駐車場までの短い距離をどちらともなく手を繋ぎ歩き出す。


「本当に田宮は、口が減らないな……」
「朔夜さんと仲良しで、田宮さんが羨ましいです」
「本当にそう思ってるのか? 俺は陽咲との方が仲良しなのに」


 繋がった手を持ち上げたと思ったらちゅっと私の手の甲にキスされて、ふふっとくすぐったく笑った。


「朔夜さん、今日の晩ごはんはなにがいいですか?」


 尋ねると、彼がやわらかく口もとを緩める。


「カレーがいい。陽咲の手作りがもちろん一番好きだけど、陽葵のカレーもなんか妙に美味かったな。コクがあるというか」
「お兄ちゃん、隠し味になにか入れていたみたいなんですよ。今度いろいろ試して探してみましょうか」
「ああ」


 頬に当たる冬の風は冷たいけれど、繋いだ手はあたたかい。

 こんなふうに手を取り合って、想い出を重ねて。

 そうして私たちは、生きていく。






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