真夜中プラトニック
「とりあえず俺の家で寝泊まりしながら、次に住むところをゆっくり探せばいい。ただし、入居先が見つかったからといってすぐに引っ越すのはダメだ。少なくとも、休職中の二ヶ月間は俺の家にいろ」


 ほとんど決定事項のような調子で重ねられた言葉に、ますます混乱する。


「そ……それは、いったいどういう……」
「目を離せば、きみはすぐに無理をする。また倒れられでもしたらと心配しながら過ごすより、俺の目の届くところにいてくれる方がいい。だから、保護兼監視の名目で一緒に暮らす」


 なるほど……なるほど?
 なんとなく納得しかけてしまって、けれどもいやいやと思いとどまる。

 だって、さっきは男性がいるシェアハウスに行くことは反対したのに、同じ男である朔夜さんと暮らすのは別にいいの?


「俺は、陽咲の保護者みたいなものだ。俺にはきみを守る義務がある」


 こちらの思考を読んだのか、朔夜さんがキッパリとした口調でそう加えた。

 それを聞いて、自然と自分が苦い表情になるのがわかる。

 六歳も歳が離れた朔夜さんからすれば、たしかに私は頼りない存在に見えるのかもしれないけれど……私だって、れっきとした成人済の大人だ。『保護者』という存在が必要だと思われるのは、心外である。

 ……それに、『義務』だなんて。

 私が、死んだ親友の妹だからって──朔夜さんが私のためにそんなことを思う必要は、どこにもないのに。


「朔夜さん……お気遣いはありがたいですが、そこまで迷惑はかけられません」
「迷惑なんかじゃないと、何度も言ってる。それにこれは、俺の方から提案してるんだ」


 こちらがやんわりと断ろうとしても、あくまで彼は譲らない。
 しかも提案というか、ほとんど決定事項みたいな言い方だけど……?

 私がさらに口を開こうとしたところで、ふと朔夜さんがスーツのポケットのスマートフォンを気にした。


「悪い。少し電話してくる」


 言うが早いか踵を返し、彼は大股でドアに向かうと病室を出ていってしまう。

 残された私は深く息を吐いて、白く無機質な天井を眺めた。

 ……ほら。ただでさえこんなに忙しそうな朔夜さんに、これ以上の負担はかけられない。
 きっと今のは、仕事関係の連絡だろう。いずれ大企業の社長の座につく多忙な彼が私みたいな小娘に構うのは、本来ありえないことなのだ。

 一介の銀行員だった兄は──そんな垣根を飛び越えて、朔夜さんと友情を築いていたけれど。
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