真夜中プラトニック
 ぼんやり過去の記憶に思いめぐらせていると、朔夜さんが病室へと戻ってきた。

 そうして彼は、椅子に腰かける間もなくこう言ったのだ。


「ちょうど田宮から着信があったから、同居の件を伝えてきた。事情を話したら、アイツも心配して賛成してたぞ。諸々の手続きなんかも協力すると言っていたから、退院でき次第すぐ引っ越しだ」
「えっ!?」


 彼の秘書まで巻き込んだまさかの言葉に、思わず素っ頓狂な声をあげる。

 嘘でしょう!? 朔夜さん本当の本当に、私と一緒に住むつもりなの……!?


「田宮から、きみ宛の伝言もきてる」


 そう言って朔夜さんが、右手に持ったままだったスマートフォンのディスプレイを私に見せてきた。

 呆然としたまま目にしたそこには、メッセージアプリのトーク画面が表示されていて。


【春日さん、このたびは体調を崩されたとのこと、お見舞い申し上げます。そしてあきらめてください、専務は本気です】


 以前一度だけ会ったことのある、朔夜さんいわく“有能だけど口うるさい”らしいメタルフレームのメガネをかけた理知的な彼の秘書の顔を思い出す。
 短い文章から、ひしひしと同情の念が伝わってくるようだった。

 おもむろに顔を上げた私は、まったくもって引く気がない──どころか、自らの提案が通らないなどと一ミリも思っていない堂々たる態度の朔夜さんに、無言で最後の抵抗を試みる。


「まずは、ゆっくり身体を休めることだ。なにかあればすぐに連絡してくれ。また来る」


 じっと視線を送ることで訴えた渾身の“考え直してくださいアピール”は、無情にもスルーされてしまった。絶対気づいていたはずなのに。

 朔夜さんは一方的に言葉を残すと、こちらの返事を待つこともなく背を向けて病室を去った。
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