真夜中プラトニック
「……ありがとう、朔夜さん」
「うん」


 それからポツポツと、取り留めのない会話をした。私もいろいろな話をしたし、朔夜さんも、同じように話してくれた。

 朔夜さんの低くて優しい声は心地良くて、聞いていると昂っていた感情が驚くほど落ち着いていくのがわかる。

 そうしてしばらくすると、ふわ、と自然にあくびが出た。それを見た朔夜さんが、目もとを緩める。


「眠くなってきたか?」
「ん……」


 言われてコクンとうなずきながら、急激に込み上げた眠気でまぶたが重くなってくる。

 一転して今にも寝落ちそうな私を部屋に連れて行こうと思ったのか、朔夜さんがソファを立とうとした。

 それに気づき、私はとっさに彼の左手を掴む。


「陽咲?」


 目をまたたかせる朔夜さんを見上げて、まるで駄々っ子のように彼の手を離さない。


「手……手を、にぎっていて、ほしいです」
「え?」


 眠気で多少舌足らずになっているのにも構うことなく、私は続けた。 


「小さい頃、こわくて眠れない夜は、お兄ちゃんと手を繋いでいると、安心して眠れたから……」
「…………」
「だから、……おねがい、朔夜さん……」


 ささやくような私のわがままを聞いた彼が、ぐっと何かを堪えるような顔をする。

 そうして小さく息をつくと、再び私の隣に腰を下ろした。


「……わかった。陽咲が寝つくまでは、こうしているから」


 話しながら、朔夜さんは繋いだ手に少し力をこめる。


「うん。ありがとう、朔夜さん」


 私は本当にうれしくて、すぐ隣にいる彼を見上げながら顔をほころばせた。

 朔夜さんも、仕方ないなという表情で口もとを緩める。

 兄からもよく向けられた、そんな、やわらかな眼差し。

 右手に感じるぬくもりにどうしようもなく安堵しながら、私はそっとまぶたを下ろした。
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