真夜中プラトニック
「……いたなら、出てきて助けろ」


 唸るようにつぶやくと、その男は憎らしいほどにこやかな顔をして答える。


「ご冗談を。あなたはこういったことで、僕の助けなど必要ないでしょう」


 話しながら斜めうしろをついてくる田宮のセリフに、一段と深くため息を吐いた。


「おまえの後輩だろう、彼女は。社内の廊下であんな堂々と誘ってくるなんて、どういう教育してるんだ」
「彼女、仕事はきちんとこなしていますから。『相手が悪かったね』と伝える以外僕から指導することはなにもないですよ」
「チッ」


 笑みを含んだ声音でしれっと返され、思わず舌打ちする。

 我ながら苛立ちの滲むひどい態度だったが、それでも田宮はおかしそうに笑った。


「物騒ですねぇ。先ほどの容赦ない振り方といい、専務のこんな言動を陽咲さんが目の当たりにしたら、どんな反応するんでしょうかね」
「…………」


『陽咲』。
 その名前を聞いた瞬間わかりやすく押し黙った俺に、田宮はとうとう「ははっ」と声に出して笑った。


「どうですか、彼女との同棲生活は。もう一週間になるでしょう?」


 完全におもしろがっている様子を隠そうともしないまま、田宮が続ける。

 不敬ともいえるそんな態度の秘書をチラリと一瞥してから、俺はまた前を向いた。


「……同棲じゃない。俺からすれば保護だし、陽咲からすれば強引に囲われたようなものだ」
「湯上がりの姿とか見れてしまうんでしょう? その涙ぐましい忍耐力、本当に尊敬しますよ」
「俺の話聞いてるか?」


 その後も懲りずに陽咲との生活についてあれこれ聞き出そうとしてくる田宮をあしらいつつ、エレベーターで役員フロアへとたどり着く。

 エレベーターを降りたところで、俺は田宮に視線を向けた。


「社長と話があるから、行ってくる。この後は俺についていなくていい」
「承知しました」


 答えた田宮とは俺の執務室の前で分かれ、廊下のさらに奥へと歩き出す。

 たどり着いた重厚な扉の前、【社長室】と書かれたプレートを見上げて気を引き締めると、俺は扉をノックした。
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