真夜中プラトニック
 俺の言葉をじっくりと精査するように、無言のまま、またコツコツと父の指が机を鳴らす。

 スーツの内側の背中に、冷や汗が流れる。しかしそれを(おもて)には出さず、俺はしっかりと父の目を見つめ返しながら畳みかけた。


「友人にも、その妹である彼女にも、俺は世話になりました。こんなことで恩を返せるとは思っていませんが、俺は遺された彼女に、できる限りのことをしてあげたいと考えています」
「……そうか」


 ポツリと父が言う。

 意外に毒気のないそのひと言に意表を突かれた俺へ、父が続けた。


「その女性と、結婚するつもりなのか?」
「けっ…………」


 思いがけないセリフが飛び出してきて絶句した。

 咳払いでなんとか立て直し、答える。


「いえ、彼女とはそういう関係ではありません。彼女の方は、俺を兄代わりに考えているはずですから……それに同居は、一時的なものです。頃合いを見て、解放してやるつもりです」
「そうか。わかった」


 無表情のまま、淡々と父がうなずく。

 事前に話すと反対されかねないと思って、あえて事後報告にしたのだが──それが、功を奏したのだろうか。

 父は俺に、然るべき家柄の女性との婚姻を望んでいるのは知っている。しかしそれが、恋人関係でもない女性と突然同居をし始めたのだから、父にとって予想外のことだったはずなのに。

 もっといろいろ言われると覚悟していた俺は多少拍子抜けしつつ、居住まいを正した。


「報告は以上です。では、失礼します」
「ああ。ご苦労だった」


 親子とは思えない堅さで挨拶を交わし、社長室を出る。

 数歩歩いてから、ようやく深く息を吐いた。
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