真夜中プラトニック
冷たい秋の雨が、濡れた服を通してじわじわと体温を奪っていく。
喫茶店の軒下で曇り空をぼんやりと見上げていた俺の耳が、不意に覚えのある声を拾い上げた。
『……秋月さん?』
わずかに視線を下げると、そこにいたのは赤い傘を差してこちらを見つめる制服姿の少女だった。
ぱち、とひとつまばたきをして、俺はつぶやく。
『陽咲ちゃん』
通っている大学の友人の、妹だった。何度か家にお邪魔させてもらい、そしてまんまと胃袋を掴まれた、料理上手で六歳年下の女の子。
『雨宿りですか? 傘は──』
トコトコと彼女が近づいて来る。そうして、俺の有様に気づくなりギョッとした。
『わっ、びしょ濡れじゃないですか! 待って、私タオル持ってるので……っ』
そう言って彼女は、慌てた様子でカバンの中を探る。
びしょ濡れなのは、雨の中傘も持たず街を歩いた自分の自業自得だ。
久々に顔を合わせた親戚たちの身勝手な振る舞いに嫌気がさし、財布とスマートフォンだけを持って逃げるように家を出てきたから。
会社のトップの座を虎視眈々と狙う叔父の嫌味は、まだいい。
我慢ならなかったのは実娘を俺にあてがおうと擦り寄ってくる遠い親戚の女で、こちらにまで移りそうなあのきつい香水の匂いを思い出すだけで胸焼けがする。