真夜中プラトニック
『このタオル、使ってないやつなので! 安心してくださいね!』


 そう言うと彼女は、傘を片手に取り出した桃色のタオルでぽふぽふと優しく俺の顔や髪を拭ってくれた。

 柔軟剤か何かか、彼女のタオルからは優しい匂いがして、ささくれ立った心が凪いでいくのがわかる。

 片手に傘を持ち、肩にはカバンを提げながら、せっせと手を動かす彼女。
 きっと普段からこんなふうに、兄にも世話を焼いているのだろう。
 まるで子どものような扱いなのに、なぜかそれが嫌ではなくて、されるがままになる。


『……ごめん。ありがとう』
『ふふ、どういたしまして。そういえば、初めて会ったときも雨に濡れてましたよね』


 くすりと笑みをこぼした彼女の澄んだ目が、イタズラっぽく細められる。


『秋月さん、雨の中捨てられた仔犬みたい』


 ──じゃあ、きみが拾ってくれるのか?

 つい反射的にそう言いそうになったとき、ぐううう、と俺の腹が鳴った。

 少し下にあるアーモンド型の瞳が、パチクリとまたたく。


『……秋月さん、よければこのあとウチに来ますか? 今日はお兄ちゃんが夕飯当番で、カレーの予定ですよ』


 俺が口を開く前に、また腹が鳴って返事をした。

 さすがに多少ばつが悪くて顔をしかめた俺と反対に、彼女は『ふふっ』と楽しげな笑い声をこぼす。


『いつも、腹ペコで……困ったひとですね』


 やわらかなタオルで俺に触れながら浮かべた、その大人びた笑顔を目の当たりにしたときから。

 たぶん俺の中で、明確に彼女は“特別”になったのだ。
< 40 / 109 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop