エリート外交官は溢れる愛をもう隠さない~プラトニックな関係はここまでです~
 きっと今の電話も……いつものように、仕事関係の連絡だ。

 その思考が、まるで必死で自分に言い聞かせているようだと気づいて、私は愕然とする。

 ひとり戻った車内、ひざの上で組んだ両手をきつく握りしめた。

 ……どうして、今までその考えに至らなかったのか。

 朔夜さんは、本当に優しくて素敵な、大人の男性だ。

 だから、たとえば彼に……恋人や、好きな人がいたとしても、それは、なんら不思議なことではなくて。

 けれども彼が、なんの躊躇もなく私を部屋に住まわせたから。休日も、いつだって私と一緒にいてくれるから。

 その可能性を、頭の中から無意識に排除していた。直接本人にも尋ねなかったし、……考えないようにしていた。

 でも、もしかしたら。本当は朔夜さんには大切なひとがいて、なのに私のせいで、そのひとと会えなくなっていたとしたら?

 さっきの、電話が……その、相手の可能性だって──……。

 考えれば考えるほど胸が苦しくなって、ぎゅっとコートの胸もとを掴む。

 ……考えないようにしていた。それは、もし彼に大切な誰かがいると知ってしまったら、今の生活を続けるのに罪悪感を覚えてしまうから? 自分の居場所がなくなってしまうから?

 違う。もっと単純で、自分勝手な気持ちだ。

 知らないでいれば、ふたりで暮らすあのマンションの中では、彼は“私だけの朔夜さん”だと思っていられる。
 ひとりぼっちの私の、唯一の拠り所。眠れない夜に心を慰めてくれる、あたたかなぬくもり。

 だけどそれは、家族のように──いなくなった兄の代わりに、思っているわけではなくて。

 向けてくれる笑顔や優しさに、どうしようもなく胸がときめくのも。

 知らない香りを纏って帰ってきた彼に、身勝手にささくれ立った気持ちになったのも。
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