真夜中プラトニック
「おかえりなさい、朔夜さん」


 思っていたよりも早く、二十時過ぎに帰宅した朔夜さんを玄関で迎えると、彼はいつもと変わらないやわらかな笑みを浮かべてくれた。


「ただいま、陽咲」


 その微笑みに、また胸が締めつけられるようなときめきを覚える。

 彼への気持ちを自覚してからというもの、私は朔夜さんのあらゆる言動にドキドキしてばかりだ。

 ……困る。彼の迷惑にしかならないこの気持ちは、隠し通さなければいけないのに。
 

「陽咲は今日、泉さんと会ったんだったな。どうだった?」
「楽しかったです。とても素敵な喫茶店を紹介してもらって……」


 スーツから部屋着に着替えてリビングにやって来た朔夜さんに、歌子さんと行ったお店の話をする。

 興味深そうにひと通り話を聞いた彼が、やわらかく微笑んだ。


「へぇ、俺も行ってみたいな。今度連れて行ってくれるか?」
「はい、ぜひ」


 自然な流れで約束ができて、ふわりと心が浮き立つ。

 けれどもすぐ後、朔夜さんの口から出た言葉がそんな私のささやかな幸せをしぼませた。


「……その、陽咲。実はきみに、会ってもらいたい人がいるんだ」


 どこか言いにくそうにそう話す彼に、ドクンと心臓が嫌な音をたてる。


「……会ってもらいたい人、ですか?」
「ああ。急で悪いんだが、あさっての夜、ここに連れてくるから……」


 ……ああ、なんだ。
 自覚したばかりの私の恋心は……こんなにも笑えるくらいの早さで、粉々に打ち砕かれるんだ。


「わかりました。夕食はその人の分も、用意しておいた方がいいですか?」
「いや。相手は少し話ができればいいと言っていたし、そこまで気を遣わなくてもいい」


 ……なるほど。自分の恋人(さくやさん)が面倒をかけられてる邪魔者女がどんな顔してるのか、ちょっと見てみたいだけなのかな。

 自嘲的に頭の中で考えながら、私はニコリと笑みを浮かべた。


「そうなんですね。わかりました」
「急なことで悪いな。よろしく」
「大丈夫ですよ」


 ──本当は全然、大丈夫じゃないけれど。
 本当は、今にも泣き出しそうなほどこわいけれど。

 私はそんな感情を(おもて)に出さないよう、平静を装う。

 その夜。ひとりでベッドに入った私は、朝方近くまで寝付けなかった。
< 65 / 109 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop