真夜中プラトニック
 そして、約束の水曜日。

 リビングのソファに腰かけながら、ソワソワと落ちつかない気持ちで、私はそのときを待っている。

 少し前、朔夜さんから【あと二十分ほどで帰宅する】とスマホにメッセージが届いた。

 もう、すぐだ。
 もうすぐで私は──決定的に、失恋することになる。

 考えて、ふ、と力なく笑みが浮かんだ。

 私は、とても幸福だった。短い間だったけれど、好きなひとと、ひとつ屋根の下で暮らせたのだから。

 今日この後の顔合わせで朔夜さんと相手の方がなんと言おうと、私は、なるべく早くこの家を出るつもりでいる。朔夜さんに大切なひとがいると知ってしまったのだから、これ以上彼に甘えるわけにいかない。

 そのために今日は、ずっと部屋探しをしていた。いくつか内見もして、良さそうなところをピックアップしてある。

 ……大丈夫。私は、大丈夫だ。
 みっともなく縋りついたりなんかしない。私は、彼の手を離してあげられる。
 離さないと、いけないんだ。

 玄関の方から鍵の開く音がして、ハッとした。

 朔夜さんだ。
 いつもなら、まるで飼い主の帰りを今か今かと待っていた犬みたいに駆け寄っていく私だけれど、今は身体が石にでもなったかのようにソファから立ち上がれない。

 廊下から、ふたり分の話し声と足音が聞こえる。何を言っているかまではわからないけど、やっぱり、女性の声。

 そうしてとうとう、リビングのドアが開かれた。


「ただいま、陽咲」


 かけられた声で、私はようやく意を決し、顔をそちらへと向ける。


「……おかえりなさい」


 ソファから立ち上がった私の視線の先には、朔夜さんと、その斜めうしろに立つ女性の姿。

 綺麗な、人だった。
 歳は朔夜さんと同じくらいだろうか。ストレートロングの艶のある黒髪に、少し垂れた目尻と口もとのホクロが色っぽい。
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