真夜中プラトニック
 あれ、でもこの女性、どこかで見た覚えが──。


「突然お邪魔してしまってごめんなさい。私は、藤嶋夏子といいます」


 朔夜さんのうしろから一歩前に出た彼女が、話しながらやわらかな笑みを浮かべた。

 フジシマナツコさん。そうして私は、完全に思い出す。

 その名前を──私は、芳名帳で見ている。


「あ……兄の葬儀に、来てくださった……?」
「はい。陽葵くんとは、高校と大学が一緒だったの」


 そう言った藤嶋さんは、今度は少し切ないような微笑みだった。

 ここで、それまで黙っていた朔夜さんが口を開く。


「陽咲に伝えるかどうか、迷ったんだ。でもやっぱり、知っておいた方がいいかと思って」
「え……」
「藤嶋さんは、陽葵の恋人だった」


 一瞬、時が止まったように思えた。

 呆然とする私の眼差しを、藤嶋さんは、ただ穏やかに、優しい表情で受け止めてくれている。

 私は、震える唇を動かした。


「うそ……お兄ちゃん、そんなことひと言も……」
「恋人だったって言っても、彼が亡くなるまでの三ヶ月間くらいのことなの。まあ私は高校生の頃から、ずっと彼に片想いしていたんだけど」


 藤嶋さんが、イタズラっぽくそんなふうに言う。

 朔夜さんの勧めで、ここでようやく私たちは、全員が座れるダイニングテーブルに落ちついた。

 私の向かい側に藤嶋さん。右隣には朔夜さんが座る。


「コーヒーでいいか?」
「おかまいなく、秋月くん。話が終わったらすぐお暇するから」


 藤嶋さんはやんわりと断りを入れると、再度私と視線を合わせた。


「陽咲ちゃんが知らなかったのも無理ないわ。私が、陽葵くんに自分とのことは言わないようにお願いしていたから」
「どうして、ですか?」


 私の問いに、藤嶋さんはやはりやわらかく笑う。
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