真夜中プラトニック
 ぎゅう、と、掴まれた手に力がこもる。

 こちらを見下ろす朔夜さんの顔は、照明を背にして逆光になっているからひどく暗く見えた。


「いない存在に、気を遣ってどうする。陽咲が出て行く必要はないし、……ずっと、ここにいればいい」


 呆然とする私に、朔夜さんはささやくように、低く掠れた声で、続ける。


「……恋人なんて、作らない。俺が今、一番大切にしたいのは、陽咲だ」

 
 顔が、熱い。

 胸が苦しくて、呼吸が浅くなった。

 彼の言葉は、愛の告白なんかじゃない。

 ただ、私を安心させるために言ってくれているだけ。不安定な状態の、妹のような存在を放っておけなくて、情けをかけているだけ。

 わかっているのに──どうしようもなくうれしくなってしまう浅ましい気持ちを、止められない。


「……ッ、」


 ほんの少し、欲を出した。

 お兄ちゃんに、甘えるように……朔夜さんの胸に、そっと、額をつけた。

 頭上で、彼が息をのむ気配がする。


「……ありがとう、朔夜さん」


 今だけ、と自分に言い聞かせながら、まぶたを閉じて彼の香りに酔いしれる。


「もう少しだけ……お世話に、なりますね」
「……ああ」


 ポンと私の頭に軽く手をのせ、朔夜さんが応える。

 優しいそのぬくもりを、一生、忘れたくないと思った。
< 74 / 109 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop