真夜中プラトニック
 今の私、この家に来てから一番緊張している気がする。

 そんなことを考えながら、お風呂を出てルームウェアに着替えた私はリビングへとやって来た。


「さ、朔夜さん、お風呂どうぞ」
「ああ」


 ソファから立ち上がった朔夜さんが、私と入れ替わりで洗面所に入る。

 私ははーっと深く息を吐いて、やたらと火照っている自分の頬を両手で包んだ。

 昼間に成美からもらったアドバイスを、さっそく今夜実行することにした。

 私が着ている、ファスナーのついたパーカータイプのもこもこルームウェア。その下は、彼女にもらったセクシーな下着を身につけている。

 正直、私程度ではあの朔夜さんを誘惑できるなんて思ってないけど……それでも、なにもせずにいるよりは意識してもらうキッカケになるかもしれない。駄目でもともと、の精神で、自分を奮い立たせる。


「がんばるぞ……!」


 ひとり言で気合いを入れ、私は冷蔵庫の前へと向かった。


「珍しいな。飲んでたのか」


 しばらくしてお風呂を出てきた朔夜さんが、濡れ髪をタオルで拭きながらリビングへと現れた。

 私はといえば、ソファの端っこに体育座りをしながら中身が半分ほど減ったチューハイの缶を両手で持ち、ちびちびと口に運んでいる。

 特別弱くも強くもないけれど、もともとお酒は好きな方。それでも朔夜さんと一緒に暮らし始めてからは、一度も飲んだことがなかった。

 だからきっと、彼の目に今の自分の姿は不思議に映ったのだろう。早くも挫けそうになる心を叱咤しつつ、口を開く。


「……朔夜さんも、飲みますか?」


 冷蔵庫の中にもう一本あることを伝えると、彼は「いや、俺はいい」と応え私の隣に腰を下ろした。

 彼の体重分ソファが沈む。人ひとり分の距離を空けた向こうからシャンプーの香りが届いて、ドキンと心臓がはねる。
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