真夜中プラトニック
「どうせ告白はせず誤魔化したんでしょう? いい加減腹くくって、専務の本心を伝えてみたらどうですか。案外すんなり受け入れてくれるかも」
「……全部終わるかもしれないじゃないか」
「面倒くさいですね」


 もはや取り繕うこともせず田宮が言ったところで、車が赤信号で止まる。

 ため息をつきながら窓の外へ視線を向けた俺は、目に入った光景に硬直した。


「……陽咲だ」
「え? ああ、ほんとだ。さすが専務の陽咲さんセンサーは優秀ですね」


 俺のつぶやきを聞いた田宮も、顔を傾けて外を見る。

 ちょうど停車しているすぐ横のコーヒーショップ、その大きな窓の向こうに見える店内に陽咲がいた。

 彼女は、ひとりではなかった。ふたり用の席で男と向かい合って座り、何やら楽しそうに談笑しているのが見える。


「男……陽咲さんやりますねぇ」
「俺は知ってる……あの男は、陽咲の元彼だ……」


 呆然とした俺のセリフに反応した田宮が「え」と声を漏らした瞬間、うしろの車にクラクションを鳴らされ慌てて発進した。どうやら青信号だったようだ。

 再び走り出した車内が、しばし沈黙に包まれる。先に口を開いたのは田宮だった。


「まあ……偶然会っただけかもしれないですし……楽しそうだったのは事実だけど……」
「…………」
「えーっと、じゃあ専務、今夜飲みに行きます? 明日は土曜ですし、強い酒飲みたい気分じゃないですかまさに今」


 ははは、と乾いた笑いを漏らしながら、田宮が言う。

 相変わらずこの男の発言は俺を追いつめたいのか慰めたいのかよくわからないが、今の俺はものすごく強い酒にのまれたい気分だった。


「……行く」
「えっ、本当ですか? いつも僕の誘いは断ってたのに? 初めてオーケーしてくれましたね?」
「うるさい……」


 大袈裟なほど念押ししてくる田宮に早くも後悔しかけながら、俺は背もたれに深く体重を預ける。

 朝、今日は遅くならないって伝えてしまったから……後で、陽咲に連絡しておかないと。
 
 逃げているだけだとわかっていても、まだ、彼女と向き合えそうになかった。
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