真夜中プラトニック
「うれしいですね、こうして専務と飲める日が来るなんて。いつもフラれてたからなあ」


 ダウンライトが照らす和モダンな雰囲気の居酒屋の個室。
 ニコニコと顔をほころばせながらウイスキーを味わう田宮に、コークビアのグラスを持った俺はじろりとした目を向ける。


「当たり前だ。父さんのスパイとそうそう仲良くなんてできるか」
「スパイだなんて人聞きの悪い。あなたの悪いようにはしていないじゃないですか」
「どうだか」


 鼻で笑って、グラスに口をつける。

 田宮は、もともと父の秘書だった。しかし俺が役員になった際に、俺の秘書へと変わったのだ。

 この男の役目は、いわば俺の監視。俺のことを逐一父に報告していることはわかっている。

 そして田宮自身、俺に警戒されているのを知っていてこの態度なのだから、大したものである。
 実際仕事はできる男だし俺もうしろめたいことがあるわけではないので、そばに置いているのだが。


「たしかにまあ過保護とは思いますけど……お父君は、ただあなたを心配しているだけですよ」
「俺はもう子どもじゃない……」
「直接そう言ってあげればいいんです。こんなふうに、酒でも飲み交わしながら」


 話しながら追加で頼んだ焼酎の水割りをテーブルに置いていた俺のグラスへ一方的にぶつけて乾杯し、その中身をゴクゴクと呷る。この男はたいそう酒に強い。
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