孤独な強面天才外科医は不自由な彼女を溺愛したい
 杏依はそっと身体を起こした。置かれていたチェストもベッドサイドのライトも、どれも一級品のような輝きを誇っている。

 まるで、どこかのお城に迷い込んでしまったよう。念の為に頬をつねったけれど、痛かったから、これは現実なのだろう。

 扉を開き、廊下へ出る。廊下には一筋の光が伸びていて、杏依は導かれるようにその光を辿った。

 それは窓付きの扉から漏れた光だった。
 杏依は光の差す、扉のガラスの向こうを覗いた。天井が高く広々としたそこは、リビングだろうか。

 窓越しに中を伺っていると、ソファの向こうにある、グランドピアノに目を奪われた。夏の朝日に置いてきぼりにされたように、ぽつんとそこに立っていたのだ。

 自分に、似てる。なぜか、直感的にそう思った。

 そうっと扉を開け、逸る足取りでピアノの前へ。古そうなピアノだが、黒く輝いているのは、きっと大切にされてきた証だろう。
 蓋を開けた。キーカバーを外すと、少し黄ばんだ白鍵が顔をのぞかせた。

 そっと触れてみる。指を優しく押し込めば、ポロン、と寂しい音がする。
 同時に背後からガサっと音がして、杏依は思わず肩を吊り上げた。
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