孤独な強面天才外科医は不自由な彼女を溺愛したい
「あの! 玄関はどちらでしょうか?」

 杏依は慌てて口を開いた。特殊な形状である上に豪邸過ぎて、出口がどこなのか見当もつかない。

「とりあえず、朝飯食うぞ」

 無視された杏依は、睨みつけるように白哉の入っていった部屋に目を向けた。

 部屋の壁に沿うようにL字に置かれたガスコンロやシンク、そしてその中央にある大理石のテーブル。おそらく、ダイニングキッチンだ。

「テキトーに作るから。ピアノでも弾いて待ってろ」

 冷蔵庫をあけながら、白哉はこちらを一ミリも振り返らずに言った。

「ピアノはもう弾きません」

 杏依は卵を割り始めた白哉に背を向けた。ピアノの元へ向かい、キーカバーを広げ片付けてゆく。

「勝手に触ってすみませんでした」

「弾かないのか?」

 ピアノの蓋を閉めようとしたところでかけられた声に、杏依は一瞬動きを止めた。けれど、すぐに蓋を閉め切った。

「弾きません」

 言い切って振り向くと、彼はなぜかこちらを向いていた。

 ぎょっとした。その顔が、苦しげに歪んでいたのだ。
 杏依は急いでピアノに向き直り、深く息を吸った。
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