孤独な強面天才外科医は不自由な彼女を溺愛したい
「ごちそうさまでした。帰りますね」

 小口で食べたから、時間がかかってしまった。長居をするつもりはなかったのに、と、杏依は箸を置き立ち上がる。

「ピアノは、いいのか?」

「結構です」

 弾けないものは、弾けない。自分にはピアノを引く資格はない。この三年間、そうやって心を押し殺して生きてきた。

「ピアノなんか、見たくもなかったです」

 あの日の後悔を思い出し、胸を憎しみに支配されるくらいなら、ピアノなんか視界に入れたくはない。

「……俺が聞きたいって言ったら?」

「は?」

 座ったままの白哉に見上げられ、思わず素の声が出た。

「聞いたことないから、お前のピアノ。音大卒の元ピアノ講師なんだろ?」

 何、それ。ムカつく。

「弾かないって言いましたよね?」

「……本当は、弾きたいんじゃないのか?」

 強面な彼の瞳は、私の心の中を全て見透かしてくるよう。
 思わず息を飲み、慌てて叫んだ。

「弾きたくなんかありません! ピアノはもう、辞めたんです」

 それでも、白哉はこちらを見続ける。杏依はますます居心地が悪くなった。
 だから思わず、声を張り上げてしまった。

「誰のせいでピアノが弾けなくなったと思ってるんですか!?」
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