孤独な強面天才外科医は不自由な彼女を溺愛したい
 口づけは、一瞬だったのだろう。けれど、杏依にはとても長い時間に感じた。

 やがて唇が離されると、白哉に抱きしめられた。

「なに、するんですか……」

 憎い相手のはずなのに、なぜか抵抗できない。抱擁は決して強くないのに、この腕を取り払うことができない。

「お前が生きていてくれて、よかった」

 耳元で囁かれた小さな声は、悲痛な響きを含んでいるよう。

 温かな腕に包まれて、なぜか涙が溢れた。嗚咽が漏れてしまうと、背中に回された腕に力がこもった。

 どうして、憎い人の腕の中で泣いているんだろう。この人は、自分の腕も心も殺した、最低の人なのに。

「ごめんな。苦しめて、ごめん」

 人殺しのくせに、なんでそんなことを言うの?

 どんなに謝られたって、白哉を憎いと思う気持ちは変わらない。それなのに、涙は溢れて止まらなかった。
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