孤独な強面天才外科医は不自由な彼女を溺愛したい
「あ、あとそれから!」

 杏依は鞄に手を突っ込んだ。取り出したのは、白哉の家の鍵。会えたら渡そうと思っていたのだ。

「これ、この間はつい受け取ってしまいましたけど……お返しします」

「ピアノ、弾かないのか?」

 聞かれ、つい俯いた。

「だれも弾かねーんじゃ、ただのガラクタになっちまう」

「ピアノなら私の家にもあります」

「でも、弾かねーんだろ?」

 杏依は何も言えなくなってしまった。

 杏依の家にあるアップライトピアノの上には、プリントや本が乗っている。もちろん、弾こうと思えば弾ける。

 けれど、杏依は誰かの前でピアノを弾くなんてできない。完璧な演奏は、もうできないから。

「俺んちなら誰もいねーから。ピアノ、いつでも弾けるように、それはお前に持っていて欲しいんだけど」

「でも――」

 いらない、と言おうとしたのに、彼のスマホが鳴った。

「悪い、もう行かないと。わざわざありがとな」

 白哉はふわりと笑う。

 けれどこちらに背を向けガラスに映ったその顔は、もう強面なお医者様のものになっていた。
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