孤独な強面天才外科医は不自由な彼女を溺愛したい

5 チェロとピアノと素敵なディナー

 二週間が経った。
 杏依はあれから白哉の家には行かず、それまでと変わらない毎日を過ごしていた。

 平日は仕事だ。今日も海原楽器の本社受付に座り、事務作業をしていた。

「檜垣さん、そろそろじゃない?」

「本当だ!」

 同僚に言われ、杏依は「あと、よろしくお願いします」と席を立った。

 杏依は手術後、海原楽器の事務員として本社受付や入力業務などをしてきた。けれど、海原楽器は楽器制作や器楽レッスンをおこなっている会社である。

 幼い頃からピアノと共に歩んできた杏依は、右腕を失ってもなお、また楽器を触りたいと思うようになった。

 その中で、バイオリニストの義手を作ったと言う義肢装具士に出会った。
 左手で音程を、右手で弓をあやつる弦楽器ならできるかもしれない。杏依はその技師装具士にコンタクトを取り、チェロ用の義手を作り始めた。

 今では会社のプロモーションにもなるからと、仕事の一環としてチェロの練習と義手の開発を行っている。

 身体の一部を失ってもなお、音楽をより多くの人が楽しめますように。

 ゼロからの挑戦だったが、また音楽を奏でられる嬉しさと誰かの支えになるかもしれないという気持ちで、この二年間、開発と練習に時間を割いてきた。
< 38 / 85 >

この作品をシェア

pagetop