孤独な強面天才外科医は不自由な彼女を溺愛したい
「結局、私は音楽から逃れられないんです。奏でることが、好きなんですよね」

「強いな。俺とは大違いだ」

「白哉先生だって、たくさんオペをこなしてらっしゃるじゃないですか」

「俺の場合は、それでしか償えないからだ」

「償い……」

 まただ、と杏依は思った。でも、そこには踏み込んではいけないような気がする。
 黙ってしまうと、気まずい空気が二人の間に漂った。

 そうだ!
 杏依は重たい空気をかき消したいと、鞄からチラシを取り出した。

「あの、今度うちの器楽教室の発表会があるんですけど、そこで私もチェロを弾くんです。初めての舞台なので、うまくいくか分からないんですけど……あの、よかったら――」

 言いかけて、はっとして口を噤んだ。
 来てください、とは言えない。白哉は忙しい人だ。オペだらけだと、この間、碧人から聞いたばかりだ。

「へえ」

 けれど、白哉は杏依の引っ込めたチラシを華麗に攫ってゆく。

「行く。聞きたい」

「……はい!」

 優しい笑みで告げられて。杏依の心は、それだけで弾けそうなくらい、嬉しくなった。
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