孤独な強面天才外科医は不自由な彼女を溺愛したい
 手術室に運ばれ、麻酔で眠らされた。目が覚めた時には、右腕が無くなっていた。

 右肘から下が、バッサリと何も無い。指を曲げる感覚はある。なのに、何も起こらなかった。

 リハビリを経て退院した後、杏依は海原楽器の本社事務員として働くことになった。
 ピアノ講師にはもう戻れない。ピアノはもう弾けない。弾きたいとも思わない。ピアノ演奏において、左手は伴奏だから。主旋律を奏でるのは、いつでも右手だ。

 入院中に知ったことがある。それは、彼が〝人殺し〟と呼ばれていること。

 彼がそう呼ばれるのは、きっと彼の手術を受けた全員が、こういう遣り切れない気持ちを抱えるからだろう。

 手術後の処置や経過観察は別の医者へとバトンタッチされ、白哉の顔を見ることはなかった。
 だから余計に、彼が憎い。

 彼が殺しているのは、人の心だ。杏依もまた、心を殺された一人なのだ。
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