旦那さま、お会いできて光栄です~12年間放置された妻ですが、絶対に離縁はいたしません!
 アーネストは、風で飛ばされたオレリアの帽子をゆっくりと拾い上げた。それを彼女にかぶせようとして躊躇する。
 オレリアの唇は小刻みに震えていた。
「俺を恨んでいい。俺の顔を見たくないというのならそれでもかまわない。お前が離縁を望むのなら、そうする覚悟もできている」
 アーネストはオレリアに帽子をかぶせてから離れようとするが、彼女はひしっと彼の上着の裾を掴む。
「アーネストさまが、わたしに手紙を書いてくださらなかったのは……トラゴス国が原因ですか?」
 身体を大きく震わせてから、アーネストは立ち止まる。
「お前と結婚式を挙げたその日。トラゴス国がハバリーに向かって兵を挙げたという情報が入った」
 あの日、ガイロの街へ行かねばならないと告げたアーネストだが、その理由をはっきりとオレリアには伝えていなかった。
「お前を嫁がせておきながら、兵を挙げる。普通であれば考えられないことだ」
 だから、普通ではないのだ。トラゴスという国は。
 オレリアという、たった八歳の女の子を餌にして、餌に食いついたハバリー国を手に入れようとした。多民族が集まった国の土台が固められる前に、潰そうとしたのだろう。あのときはまだ、建国されて二年だった。
「いつか俺はトラゴスの王を討つことになるだろう。それにお前を巻き込みたくなかった。守れば守ろうとするほど、お前が危険に晒されるし、お前を傷つける。だから守ると言っておきながら、その約束を破り続けた」
 オレリアは力強く首を左右に振る。
「違います。わたしはずっと、あなたに守られていた。あなたはわたしを陛下たちに預けることで、そういった情報から守ってくださったのでしょう?」
 涙が滲む目でアーネストを見上げると、彼も驚いたように鉄紺の瞳を大きく開いた。
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