旦那さま、お会いできて光栄です~12年間放置された妻ですが、絶対に離縁はいたしません!
 邸宅にはオレリアとアーネストの二人しかいないのだから、誰がやってきたのかだなんて名乗らなくてもわかる。
「俺だ。入ってもいいか?」
「は、はい」
 ソファに座って身を固くしていたオレリアは、ひどく緊張して口の中がカラカラだった。
 彼は銀トレイの上にグラスと何か液体の入った瓶をのせている。
「喉が渇いていないか?」
「はい。実は、緊張して喉が渇いておりました」
「まるで借りてきた猫のようだな。いつもは、みゃあみゃあ鳴いてかみつくような勢いなのに」
 アーネストが隣に座ったので、二人分の重みでふかふかのソファがぎしりと沈んだ。ガウン姿のアーネストからは、石けんのよい香りがふわりと漂う。
「わたし、そんなにうるさいですか?」
「いや、子猫のようにかわいいから、かまいたくなる」
 瓶からグラスに何かを注ぎながら、アーネストは答えた。
「果実酒だ。少しは、飲めるんだろ?」
「わたしだって、もう子どもではありません。お酒を飲んでもいい年になりました」
「そうだな」
 くすりと笑うアーネストが余裕じみていて、オレリアは少しだけ唇を尖らせた。
「ほら」
 透明なグラスに注がれた液体は、薄い紅色をしていながらも、向こう側が見えるほど透けている。
< 176 / 186 >

この作品をシェア

pagetop