きみを照らす星になれたら
第二章 好きということ
少し桜が散ってきていて、少し時間が経ったらきっと枯れてしまうだろう。もうすぐ春だなぁなんて思っていたのに、あと少しで春が終わってしまうだなんて。時が経つというのは本当に早いことだ。
「ただいま」
「おかえりー、星奈ちゃん!」
今日は赤塚さんから部活に勧誘されたり、東間さんに言われたくないことを言われたり……。何だか散々な日だ。
でもこうやってスグルが家で待ってくれていると、頑張れる気がする。一人じゃないのは心強いから。
「星奈ちゃんどうしたの? 暗い顔してるよ」
「私はいつも暗い顔してるでしょ」
「あははっ、そうだね! でもいつもより疲れてる、っていうか……苦しんでるっていうか」
どうして、この人は私の心の奥まで見抜いてしまうのだろう。他の人には分からない心の痛みも、スグルはきっと分かってくれる。
それに何で、私こんなにもスグルを信用しているんだろう……。
「やっぱり人を信頼するなんて私には無理。私なんか人を不幸にするだけで、周りから幸せが消えてしまうから」
「星奈ちゃん、 “私なんか” って言うのは禁止だよ。星奈ちゃんは星奈ちゃんだから! それに俺は不幸になってないけど?」
ニヤリ、とスグルは笑った。この人の笑顔を見ると、私まで笑顔になれる。……そう、スグルは人を幸せにすることができると思う。私だってその一人だから。
でも、私は人を不幸にして、周りの幸せを奪ってしまう。もう両親のように、失いたくないの――。
「スグル……本当に、ありがとね」
「うん、俺は星奈ちゃんの星だから!」
「ふっ、そうだね。私も、スグルを照らせる星になれたらいいな」
夜空に一つだけ輝いている星を見つめながら、私はそう言った。その星はただ一人で光っていて、たくましい。
――私も、あの星になりたい。スグルを照らせる、星になれたら。
「スグル、大丈夫? 考え事?」
「……あ、な、何でもないよ。星奈ちゃんこそどうしたの?」
「ならいいけど……スグル、顔赤かったなって」
スグルの頬が赤くなっていたのに気づいて、私は問いかけた。
何でもないなら良いけれど、絶対にいつもより顔が赤いんだけど。熱があるのだろうか、と心配してしまう。
……星だから、体調不良とかないのかな。
「せ、星奈ちゃんはほんとに鈍感だね? バカ!」
「はっ……!? スグル、追い出されたい?」
「ごめんなさいっ!」
こんなくだらないやり取りをする日が来るなんて、夢にも思わなかった。私はずっと孤独で生きていくのだと思っていたから。
当たり前なんてないことは分かってるけれど、これから先もスグルは私のそばにいてくれるよね――。
「よし、これからも星奈ちゃんの人間不信を克服できるように俺頑張るから!」
「……ありがとう。よろしくね」
赤塚さんが言っていた、“優流” さんの事件のことをスグルにも言うか迷ったけれど、喉の奥から言葉が出てこなかった。何か、言ってはいけないような気がして。
「ねね、星奈ちゃんはどうしてそんなに人間が怖いの?」
「えっ、何回も裏切られてきたから……だと思う」
絶対にそう、とは言い切れなかった。私自身も、どうして人と関わるのが怖いのか、考えたことがなかったから。
『助ける』『可哀想』という言葉が嫌いなのは、裏切られてきたから。でも人間不信な理由は自分でもよく分かっていない。
「んー、じゃあ俺のことも怖いってこと?」
「……それは、怖くないに決まってるじゃん。スグルは裏切らないでしょ、私のこと」
当たり前のようにそう返すと、スグルはにっこりと笑顔を浮かべていた。
……私、何か変なこと言っちゃったかな。スグルは私のこと、絶対に裏切らないと思ってるんだけど。
「星奈ちゃん、もう信じてるじゃん」
「えっ?」
「俺のこと、信じてるんでしょ? じゃあ大丈夫だよ、きっと人を信じることができるよ」
私は知らぬ間に、自分に驚いていた。確かにもう人を信じようと思わなかったのに、スグルのことは信じている。まだ出会って数日しか経っていない、スグルのことを。
どうしてだろう。スグルだって裏切るかもしれないなのに、何で私はスグルのことをこんなに信じられるの……?
「星奈ちゃん、何で俺のこと信じてくれてるの?」
「えっ?」
今度は目を細めて、ニヤニヤしながらそう問いかけられた。どういうことなの、と思いながら私は真剣に考える。
「……スグルは、人間ではないからじゃない?」
「えぇ、そういうこと? あははっ、やっぱり星奈ちゃんって面白いよね!」
ケラケラとお腹を抑えながらスグルは笑っている。やっぱり馬鹿にされているようで何だか少し悔しいけど。
本当は、ただの直感だ。スグルは私のことを裏切らないだろうと、心のどこかで安心している。そう信じているから。
でも、何故か本人には言えなかった。この気持ちは何なんだろう……。
「せーなちゃん、おはよ!」
「……おはよ」
スグルが家にいる生活が少しだけ慣れてきた。まだ流石に異性と一緒に住むだなんて驚きはあるけれど。
料理や家事を一生懸命やってくれるから、学校で疲れている私にはとても有難い。
「星奈ちゃん、もう八時だよ」
「えぇ……八時!?」
私は勢いよくベッドから起き上がり、クローゼットの中の制服を取る。
あぁもう、どうしてこんなに朝って忙しいのかなぁ。もう少し学校の時間を遅くしてくれればいいのにな、なんて考えてしまう。
「着替えるから、下で待ってて」
「あっ、ご、ごめん!」
スグルは恥ずかしさを抑えるためか、顔を手で隠しながら一階へと降りていった。
……でもスグルが起こしてくれなかったら、私絶対に遅刻になっていた。後で感謝を伝えないと、と思う。
「ごめん、時間ないから行くね。スグル起こしてくれてありがとう」
「うん、行ってらっしゃい!」
暖かい風に当たりながら道を駆けて行く。遅刻だけは目立ってしまうから、絶対に避けたい。……って、入学式でもこんなこと思っていたっけ。
自分でも思うのは、最近少しだけ前より笑顔が増えたということ。スグルと出会ってから自然と笑うことが多くなった気がする。
いや、それより。急がなきゃ……!
「おはよー、綾川さん! 遅かったね」
時計を見るとホームルームの二分前だった。ギリギリ遅刻にはなっていないけれど、久しぶりに走ったからか息切れがひどい。
はぁ、はぁと息を正しながら話しかけてくれた赤塚さんに「おはよ」と返す。
……本当は関わらないようにしよう、と決めたけれど、無視することは流石にできないから。
「綾川さん、どうしたの?」
「……寝坊したんだ」
「そうなの! 綾川さんもそういうとこあるんだね。何か安心したよ」
赤塚さんがほっ、と胸を撫で下ろしている。私はその言葉の意味が分からず、何も言えなかった。
もしかして私、悪く言われたのかな。遅刻するなんてあり得ない、なんて思われたのだろうか。
「遥花、星奈が困ってるよ。ちゃんと言葉を考えてから言わなきゃ、何かあってからじゃ遅いんだからね」
「えっ、こ、困ってるの? ごめんね、綾川さん」
私は首をふるふると横に振りながら頷いた。どうやら先程の言葉は私のことを悪く言った訳ではなさそうだ。
東間さんって私のこと助けてくれるし、やっぱり優しい人なんだなぁ。
「さっきの遥花の言葉はね、星奈は何でもできる完璧な人ってイメージがあったから驚いたって意味だと思うよ」
「……私が、完璧?」
思わず口から疑問が出てしまった。私が完璧だと思われていたなんて驚いたから。
……どうして、そう思われてしまうのだろう。私だって完璧じゃない、ただの人間なのに。
「でも実際綾川さんって、勉強もスポーツもできるでしょ? ほんとにすごいね! 尊敬する」
「私は別に、ただやってるだけで。そんな尊敬するなんて言われるほど完璧では……」
「綾川さんはもっと自信持ったほうがいいよ! 私が保証する!」
『星奈ちゃんはもっと自分に自信を持って!』
スグルに言われたことと同じだ。私は……自分に自信がないのだろうか。
ただ自分というより、人を信用していないだけだ。
「……ありがとう。赤塚さん」
私は――どうすれば、こんな自分のことを好きになれるのだろうか。
「ただいま」
「おかえりー、星奈ちゃん!」
今日は赤塚さんから部活に勧誘されたり、東間さんに言われたくないことを言われたり……。何だか散々な日だ。
でもこうやってスグルが家で待ってくれていると、頑張れる気がする。一人じゃないのは心強いから。
「星奈ちゃんどうしたの? 暗い顔してるよ」
「私はいつも暗い顔してるでしょ」
「あははっ、そうだね! でもいつもより疲れてる、っていうか……苦しんでるっていうか」
どうして、この人は私の心の奥まで見抜いてしまうのだろう。他の人には分からない心の痛みも、スグルはきっと分かってくれる。
それに何で、私こんなにもスグルを信用しているんだろう……。
「やっぱり人を信頼するなんて私には無理。私なんか人を不幸にするだけで、周りから幸せが消えてしまうから」
「星奈ちゃん、 “私なんか” って言うのは禁止だよ。星奈ちゃんは星奈ちゃんだから! それに俺は不幸になってないけど?」
ニヤリ、とスグルは笑った。この人の笑顔を見ると、私まで笑顔になれる。……そう、スグルは人を幸せにすることができると思う。私だってその一人だから。
でも、私は人を不幸にして、周りの幸せを奪ってしまう。もう両親のように、失いたくないの――。
「スグル……本当に、ありがとね」
「うん、俺は星奈ちゃんの星だから!」
「ふっ、そうだね。私も、スグルを照らせる星になれたらいいな」
夜空に一つだけ輝いている星を見つめながら、私はそう言った。その星はただ一人で光っていて、たくましい。
――私も、あの星になりたい。スグルを照らせる、星になれたら。
「スグル、大丈夫? 考え事?」
「……あ、な、何でもないよ。星奈ちゃんこそどうしたの?」
「ならいいけど……スグル、顔赤かったなって」
スグルの頬が赤くなっていたのに気づいて、私は問いかけた。
何でもないなら良いけれど、絶対にいつもより顔が赤いんだけど。熱があるのだろうか、と心配してしまう。
……星だから、体調不良とかないのかな。
「せ、星奈ちゃんはほんとに鈍感だね? バカ!」
「はっ……!? スグル、追い出されたい?」
「ごめんなさいっ!」
こんなくだらないやり取りをする日が来るなんて、夢にも思わなかった。私はずっと孤独で生きていくのだと思っていたから。
当たり前なんてないことは分かってるけれど、これから先もスグルは私のそばにいてくれるよね――。
「よし、これからも星奈ちゃんの人間不信を克服できるように俺頑張るから!」
「……ありがとう。よろしくね」
赤塚さんが言っていた、“優流” さんの事件のことをスグルにも言うか迷ったけれど、喉の奥から言葉が出てこなかった。何か、言ってはいけないような気がして。
「ねね、星奈ちゃんはどうしてそんなに人間が怖いの?」
「えっ、何回も裏切られてきたから……だと思う」
絶対にそう、とは言い切れなかった。私自身も、どうして人と関わるのが怖いのか、考えたことがなかったから。
『助ける』『可哀想』という言葉が嫌いなのは、裏切られてきたから。でも人間不信な理由は自分でもよく分かっていない。
「んー、じゃあ俺のことも怖いってこと?」
「……それは、怖くないに決まってるじゃん。スグルは裏切らないでしょ、私のこと」
当たり前のようにそう返すと、スグルはにっこりと笑顔を浮かべていた。
……私、何か変なこと言っちゃったかな。スグルは私のこと、絶対に裏切らないと思ってるんだけど。
「星奈ちゃん、もう信じてるじゃん」
「えっ?」
「俺のこと、信じてるんでしょ? じゃあ大丈夫だよ、きっと人を信じることができるよ」
私は知らぬ間に、自分に驚いていた。確かにもう人を信じようと思わなかったのに、スグルのことは信じている。まだ出会って数日しか経っていない、スグルのことを。
どうしてだろう。スグルだって裏切るかもしれないなのに、何で私はスグルのことをこんなに信じられるの……?
「星奈ちゃん、何で俺のこと信じてくれてるの?」
「えっ?」
今度は目を細めて、ニヤニヤしながらそう問いかけられた。どういうことなの、と思いながら私は真剣に考える。
「……スグルは、人間ではないからじゃない?」
「えぇ、そういうこと? あははっ、やっぱり星奈ちゃんって面白いよね!」
ケラケラとお腹を抑えながらスグルは笑っている。やっぱり馬鹿にされているようで何だか少し悔しいけど。
本当は、ただの直感だ。スグルは私のことを裏切らないだろうと、心のどこかで安心している。そう信じているから。
でも、何故か本人には言えなかった。この気持ちは何なんだろう……。
「せーなちゃん、おはよ!」
「……おはよ」
スグルが家にいる生活が少しだけ慣れてきた。まだ流石に異性と一緒に住むだなんて驚きはあるけれど。
料理や家事を一生懸命やってくれるから、学校で疲れている私にはとても有難い。
「星奈ちゃん、もう八時だよ」
「えぇ……八時!?」
私は勢いよくベッドから起き上がり、クローゼットの中の制服を取る。
あぁもう、どうしてこんなに朝って忙しいのかなぁ。もう少し学校の時間を遅くしてくれればいいのにな、なんて考えてしまう。
「着替えるから、下で待ってて」
「あっ、ご、ごめん!」
スグルは恥ずかしさを抑えるためか、顔を手で隠しながら一階へと降りていった。
……でもスグルが起こしてくれなかったら、私絶対に遅刻になっていた。後で感謝を伝えないと、と思う。
「ごめん、時間ないから行くね。スグル起こしてくれてありがとう」
「うん、行ってらっしゃい!」
暖かい風に当たりながら道を駆けて行く。遅刻だけは目立ってしまうから、絶対に避けたい。……って、入学式でもこんなこと思っていたっけ。
自分でも思うのは、最近少しだけ前より笑顔が増えたということ。スグルと出会ってから自然と笑うことが多くなった気がする。
いや、それより。急がなきゃ……!
「おはよー、綾川さん! 遅かったね」
時計を見るとホームルームの二分前だった。ギリギリ遅刻にはなっていないけれど、久しぶりに走ったからか息切れがひどい。
はぁ、はぁと息を正しながら話しかけてくれた赤塚さんに「おはよ」と返す。
……本当は関わらないようにしよう、と決めたけれど、無視することは流石にできないから。
「綾川さん、どうしたの?」
「……寝坊したんだ」
「そうなの! 綾川さんもそういうとこあるんだね。何か安心したよ」
赤塚さんがほっ、と胸を撫で下ろしている。私はその言葉の意味が分からず、何も言えなかった。
もしかして私、悪く言われたのかな。遅刻するなんてあり得ない、なんて思われたのだろうか。
「遥花、星奈が困ってるよ。ちゃんと言葉を考えてから言わなきゃ、何かあってからじゃ遅いんだからね」
「えっ、こ、困ってるの? ごめんね、綾川さん」
私は首をふるふると横に振りながら頷いた。どうやら先程の言葉は私のことを悪く言った訳ではなさそうだ。
東間さんって私のこと助けてくれるし、やっぱり優しい人なんだなぁ。
「さっきの遥花の言葉はね、星奈は何でもできる完璧な人ってイメージがあったから驚いたって意味だと思うよ」
「……私が、完璧?」
思わず口から疑問が出てしまった。私が完璧だと思われていたなんて驚いたから。
……どうして、そう思われてしまうのだろう。私だって完璧じゃない、ただの人間なのに。
「でも実際綾川さんって、勉強もスポーツもできるでしょ? ほんとにすごいね! 尊敬する」
「私は別に、ただやってるだけで。そんな尊敬するなんて言われるほど完璧では……」
「綾川さんはもっと自信持ったほうがいいよ! 私が保証する!」
『星奈ちゃんはもっと自分に自信を持って!』
スグルに言われたことと同じだ。私は……自分に自信がないのだろうか。
ただ自分というより、人を信用していないだけだ。
「……ありがとう。赤塚さん」
私は――どうすれば、こんな自分のことを好きになれるのだろうか。