きみを照らす星になれたら
五月に入り、ぽかぽかした暖かな風が吹いている。風が顔に優しく当たり、とても心地が良い。私も風のように遠くへ飛んでいけたなら――なんて、夢のような光景を頭の中で描く。
私のことを全く知らない人と残りの人生を過ごしていけたら、どれだけ良いか。そしたら大切な人を失うこともないんだろうな。
「星奈ちゃん、おはよ!」
「おはよう。今日日曜だよね? スグル起きるの早くない?」
一階へ行くとスグルが私のことを待ってくれていた。遠くへ行けなくても、今みたいに生活するのも悪くはない、かも。
そんなことを考えていると、スグルはにやっと悪ふざけのような笑みを浮かべた。何だか嫌な予感がする……。
「星奈ちゃん、今日は一日中空いてるんでしょ?」
「うん、まぁ空いてるけど。もしかしてだけど、どこか行こうって言おうとしてる?」
「おぉ、当たりー! さすが星奈ちゃん、エスパーなんじゃない?」
はぁ、とため息を吐いて、スグルが座っているところの向かいの椅子に腰を下ろす。
出かけるのは別に嫌いじゃないし、行きたくないわけではない。でもスグルと二人で行って、仮にクラスメイトに見つかったら絶対に冷やかされる。それだけは本当に勘弁してほしい。
「行くとしても、どこに行くの? あまり遠くへは行けないと思うけど」
「ふふん、実は事前に調べておいたんだ。ここから電車で一時間くらいで着く海! 今日は流星群が見られるんだって。海から見る星空は凄く綺麗らしいから!」
“流星群” という言葉に少しだけ聞き耳を立てた。星は大好きと言っていいほど好きだから……。
流石にクラスメイトでも、こんな季節だから海に行く人は少ないだろう。それに夜し、居たとしても見つからないかもしれない。
行ってみるのも、ありかも。
「いいけど、遠く行けるかな? 帰り遅くなったら明日も学校あるし、不安なんだけど」
「大丈夫大丈夫! 時計はちゃんと見るし。それに今日は風が吹いてるから、風に乗って帰ってこられるって!」
いま、さっき私が思っていたことと似たようなこと言ったよね?
けれど確かに、海に行って流星群を見れるということがとても楽しみだ。それに気になっている、スグルと見られるなんて。
……私、クラスメイトに見つかったらどうしようなんて考えていたのに、それよりもスグルと星を見れることばかり考えている。
やっぱりこれって恋なのだろうか――。
PM五時。昼間のうちに準備していた荷物を持って、電車へ乗った。日曜日だからか、いつもより人が多い。
私はもともと人混みが苦手で、吐き気や目眩がすることがある。今日はそうならないように気をつけたい。スグルに迷惑をかけたくないから。
「星奈ちゃん星奈ちゃん、綺麗だよ。空がすごく!」
「……スグル、分かったから。電車の中では少し静かにして」
スグルが目を輝かせて窓の外を眺めている。声が大きいから注意したものの、その姿を愛おしいと思ってしまう。
私もこんなふうに “何かに何か” の感情を表してみたい。いまのスグルだったら “空が綺麗” という感情を心のなかで抱いているのだろう。
「星奈ちゃんは気にならないの? 外の景色」
「うーん、別に慣れてるし。いつもと同じ光景だとしか思わないかな」
「えー、ほんとに? ちょっとだけでいいから見てみてよ!」
はぁ、とため息を吐いた。電車の中くらいは静かに過ごさせてほしいんだけど。ていうか、スグルが来てから何回ため息を吐いているのだろうか。
仕方なく窓の外の景色を見ると、とても信じられなかった。
「……きれい」
思わずそう呟いてしまった。だんだん日が落ちてくるこの時間帯の空の色がとても綺麗だった。
赤色と橙色、水色が合わさって、沈んでいく太陽が照らされている。淡い色の空と太陽が眩しくて美しい。
「ほら、見てよかったでしょ!」
「うん、良かった。同じ町でも、昼と夜は全然違うんだね」
「ねー、いつも夜しか人間が住む町を見れなかったから、ほんと驚きだよ」
そっか、スグルは星だ。確かに星は夜しか見られないのだから、昼間の世界は見たことがなかったんだ。
……さっき、少しだけ冷たい態度を取ってしまったことに後悔する。
「ごめんね、スグル。さっき、ため息吐いちゃって」
「えっ、何で星奈ちゃんが謝るの? みんなため息くらい吐くじゃん」
「……そうじゃないの。スグル、外の景色綺麗って言ってくれたでしょ。最初は私見るの面倒くさくて、どうでもいいって思ってた。でも見たら――すごく綺麗だった。だから、ごめんなさい」
罪悪感が心の奥底からずっと消えなくて、息を吸うのも忘れて言いきった。
スグルは目をぱちぱちさせながら私の目を見つめて、にこっといつもの明るい笑顔を浮かべた。
「そんなのいいよ! 星奈ちゃんが少しでも綺麗って思ってくれたならそれでいい。俺のこと少しは信用してくれた?」
「……当たり前じゃん。もうとっくに信用してるよ」
他の人のことは信用できないけれど、スグルのことだけはこんなにも信用できる。
流石にこの言葉は恥ずかしくて口には出せないけど、そう思っている。
確かにこんなに優しくて笑顔が可愛いのだから、赤塚さんが好きになるのも無理はないかも。そう思うと胸の奥がズキッと傷んだ。
「星奈ちゃんは、凄くストレートなんだね」
「へっ? そう?」
「うん、何ていうか……無自覚、というか」
「は、はぁ!? 何それ、どういう意味?」
頬を膨らましてそう言うと、スグルはいつものようにケラケラと笑った。スグルは本当に、人をからかうのが大好物なんだから。
私は呆れたような顔をするけれど、スグルといると心が弾んで凄く……楽しい。
「よし、着いたよ! 星を見に行こう!」
まず目に入った景色が何も言えないくらい、美しかった。
青色の海や、まばゆい星空が光り輝いている夜空、その星が海に反射してきらきらしていて――。
凄く幻想的で、夢を見ているみたいだった。こんなに美しい景色を見たことがなかったから。
「星奈ちゃん、どう? けっこー綺麗でしょ! 俺は結構気に入ったなぁ。……星奈ちゃん?」
スグルの声にはっ、とした。景色がとても綺麗で見惚れてしまっていた。
私は急いでスグルの方を向いて首を縦に振った。……するとまた、驚きを隠せなかった。
「ス……グル? 何でそんな光ってるの……?」
スグルが白い光のようなオーラに包まれていた。この暗闇に照らされている、一等星のように。
もしかして、スグルが星に帰ってしまうのではないだろうか。そんな不安が頭の中によぎった。
「うわほんとだ、俺すごい光ってるね。星に戻った気分!」
「帰っちゃうの? もう、星に……」
「いやいや、それは絶対にないよ。まだ星奈ちゃんを助けるっていう責務を全うしてないし。何より自分で分かるんだ。まだ帰っちゃだめだって」
スグルの強い眼差しに思わず引き込まれてしまう。まだ星に帰らないとスグルが言っているなら、きっと大丈夫だろう。
スグルは本当にすごい。やっぱり何よりも輝いている、一等星だ。
「星奈ちゃんはいま、こんな暗闇で一人ぼっちだと思ってる?」
「……ううん。スグルがいるから、一人だなんて思ってないよ」
あれ、どうしてだろう。本当の気持ちを伝えただけなのに、顔がとても熱くなって恥ずかしくなる。
頭の中まで伝わるくらい、心臓の鼓動がドクン、ドクンと早くなっている。
「そっか、じゃあやっぱり俺は星奈ちゃんを助けないとだね! 俺、星奈ちゃんのこと人間の中で一番大好きだから!」
――ああ。もう、認めるしかないじゃん。
どうしてこんなに、スグルの前だと恥ずかしくなるのか。
どうしてあんなに、スグルの前だと胸がぎゅーっと締め付けられるのか。
どうしてそんなに、スグルのことだけを信じられるのか。
『一番大好き』だと言われて、その言葉が何よりも嬉しいのは、何故だろうか。
答えは一つ。
私、スグルのことが好きなんだ――。
私のことを全く知らない人と残りの人生を過ごしていけたら、どれだけ良いか。そしたら大切な人を失うこともないんだろうな。
「星奈ちゃん、おはよ!」
「おはよう。今日日曜だよね? スグル起きるの早くない?」
一階へ行くとスグルが私のことを待ってくれていた。遠くへ行けなくても、今みたいに生活するのも悪くはない、かも。
そんなことを考えていると、スグルはにやっと悪ふざけのような笑みを浮かべた。何だか嫌な予感がする……。
「星奈ちゃん、今日は一日中空いてるんでしょ?」
「うん、まぁ空いてるけど。もしかしてだけど、どこか行こうって言おうとしてる?」
「おぉ、当たりー! さすが星奈ちゃん、エスパーなんじゃない?」
はぁ、とため息を吐いて、スグルが座っているところの向かいの椅子に腰を下ろす。
出かけるのは別に嫌いじゃないし、行きたくないわけではない。でもスグルと二人で行って、仮にクラスメイトに見つかったら絶対に冷やかされる。それだけは本当に勘弁してほしい。
「行くとしても、どこに行くの? あまり遠くへは行けないと思うけど」
「ふふん、実は事前に調べておいたんだ。ここから電車で一時間くらいで着く海! 今日は流星群が見られるんだって。海から見る星空は凄く綺麗らしいから!」
“流星群” という言葉に少しだけ聞き耳を立てた。星は大好きと言っていいほど好きだから……。
流石にクラスメイトでも、こんな季節だから海に行く人は少ないだろう。それに夜し、居たとしても見つからないかもしれない。
行ってみるのも、ありかも。
「いいけど、遠く行けるかな? 帰り遅くなったら明日も学校あるし、不安なんだけど」
「大丈夫大丈夫! 時計はちゃんと見るし。それに今日は風が吹いてるから、風に乗って帰ってこられるって!」
いま、さっき私が思っていたことと似たようなこと言ったよね?
けれど確かに、海に行って流星群を見れるということがとても楽しみだ。それに気になっている、スグルと見られるなんて。
……私、クラスメイトに見つかったらどうしようなんて考えていたのに、それよりもスグルと星を見れることばかり考えている。
やっぱりこれって恋なのだろうか――。
PM五時。昼間のうちに準備していた荷物を持って、電車へ乗った。日曜日だからか、いつもより人が多い。
私はもともと人混みが苦手で、吐き気や目眩がすることがある。今日はそうならないように気をつけたい。スグルに迷惑をかけたくないから。
「星奈ちゃん星奈ちゃん、綺麗だよ。空がすごく!」
「……スグル、分かったから。電車の中では少し静かにして」
スグルが目を輝かせて窓の外を眺めている。声が大きいから注意したものの、その姿を愛おしいと思ってしまう。
私もこんなふうに “何かに何か” の感情を表してみたい。いまのスグルだったら “空が綺麗” という感情を心のなかで抱いているのだろう。
「星奈ちゃんは気にならないの? 外の景色」
「うーん、別に慣れてるし。いつもと同じ光景だとしか思わないかな」
「えー、ほんとに? ちょっとだけでいいから見てみてよ!」
はぁ、とため息を吐いた。電車の中くらいは静かに過ごさせてほしいんだけど。ていうか、スグルが来てから何回ため息を吐いているのだろうか。
仕方なく窓の外の景色を見ると、とても信じられなかった。
「……きれい」
思わずそう呟いてしまった。だんだん日が落ちてくるこの時間帯の空の色がとても綺麗だった。
赤色と橙色、水色が合わさって、沈んでいく太陽が照らされている。淡い色の空と太陽が眩しくて美しい。
「ほら、見てよかったでしょ!」
「うん、良かった。同じ町でも、昼と夜は全然違うんだね」
「ねー、いつも夜しか人間が住む町を見れなかったから、ほんと驚きだよ」
そっか、スグルは星だ。確かに星は夜しか見られないのだから、昼間の世界は見たことがなかったんだ。
……さっき、少しだけ冷たい態度を取ってしまったことに後悔する。
「ごめんね、スグル。さっき、ため息吐いちゃって」
「えっ、何で星奈ちゃんが謝るの? みんなため息くらい吐くじゃん」
「……そうじゃないの。スグル、外の景色綺麗って言ってくれたでしょ。最初は私見るの面倒くさくて、どうでもいいって思ってた。でも見たら――すごく綺麗だった。だから、ごめんなさい」
罪悪感が心の奥底からずっと消えなくて、息を吸うのも忘れて言いきった。
スグルは目をぱちぱちさせながら私の目を見つめて、にこっといつもの明るい笑顔を浮かべた。
「そんなのいいよ! 星奈ちゃんが少しでも綺麗って思ってくれたならそれでいい。俺のこと少しは信用してくれた?」
「……当たり前じゃん。もうとっくに信用してるよ」
他の人のことは信用できないけれど、スグルのことだけはこんなにも信用できる。
流石にこの言葉は恥ずかしくて口には出せないけど、そう思っている。
確かにこんなに優しくて笑顔が可愛いのだから、赤塚さんが好きになるのも無理はないかも。そう思うと胸の奥がズキッと傷んだ。
「星奈ちゃんは、凄くストレートなんだね」
「へっ? そう?」
「うん、何ていうか……無自覚、というか」
「は、はぁ!? 何それ、どういう意味?」
頬を膨らましてそう言うと、スグルはいつものようにケラケラと笑った。スグルは本当に、人をからかうのが大好物なんだから。
私は呆れたような顔をするけれど、スグルといると心が弾んで凄く……楽しい。
「よし、着いたよ! 星を見に行こう!」
まず目に入った景色が何も言えないくらい、美しかった。
青色の海や、まばゆい星空が光り輝いている夜空、その星が海に反射してきらきらしていて――。
凄く幻想的で、夢を見ているみたいだった。こんなに美しい景色を見たことがなかったから。
「星奈ちゃん、どう? けっこー綺麗でしょ! 俺は結構気に入ったなぁ。……星奈ちゃん?」
スグルの声にはっ、とした。景色がとても綺麗で見惚れてしまっていた。
私は急いでスグルの方を向いて首を縦に振った。……するとまた、驚きを隠せなかった。
「ス……グル? 何でそんな光ってるの……?」
スグルが白い光のようなオーラに包まれていた。この暗闇に照らされている、一等星のように。
もしかして、スグルが星に帰ってしまうのではないだろうか。そんな不安が頭の中によぎった。
「うわほんとだ、俺すごい光ってるね。星に戻った気分!」
「帰っちゃうの? もう、星に……」
「いやいや、それは絶対にないよ。まだ星奈ちゃんを助けるっていう責務を全うしてないし。何より自分で分かるんだ。まだ帰っちゃだめだって」
スグルの強い眼差しに思わず引き込まれてしまう。まだ星に帰らないとスグルが言っているなら、きっと大丈夫だろう。
スグルは本当にすごい。やっぱり何よりも輝いている、一等星だ。
「星奈ちゃんはいま、こんな暗闇で一人ぼっちだと思ってる?」
「……ううん。スグルがいるから、一人だなんて思ってないよ」
あれ、どうしてだろう。本当の気持ちを伝えただけなのに、顔がとても熱くなって恥ずかしくなる。
頭の中まで伝わるくらい、心臓の鼓動がドクン、ドクンと早くなっている。
「そっか、じゃあやっぱり俺は星奈ちゃんを助けないとだね! 俺、星奈ちゃんのこと人間の中で一番大好きだから!」
――ああ。もう、認めるしかないじゃん。
どうしてこんなに、スグルの前だと恥ずかしくなるのか。
どうしてあんなに、スグルの前だと胸がぎゅーっと締め付けられるのか。
どうしてそんなに、スグルのことだけを信じられるのか。
『一番大好き』だと言われて、その言葉が何よりも嬉しいのは、何故だろうか。
答えは一つ。
私、スグルのことが好きなんだ――。