女避けの為に選ばれた偽の恋人なはずなのに、なぜか公爵様に溺愛されています

15話 ひとつひとつ知っていく




「あのクロード様、すみませんでした……」

ケーキを二つほど食べ終えた頃になりようやく顔を上げたクロードに、リリアンは謝罪した。女性避けのための役割を務めているリリアン自身があんなことを言うなんて、些か浅慮だったと反省したからだ。そのうえ、グレースが来た時も、なんの役にも立てずにただ座っていただけだったし。

もしかしたら恋人役はクビかもしれないと考えていたリリアンの考えとは裏腹に、温かな言葉が耳へ入ってきた。

「いや、君が謝ることではないから気にしなくていい」
「……クロード様って意外に優しいですよね」
「何だ〝意外に〟とは失礼だな。俺はいつも優しいだろう?」
「初めの頃はそうでもなかったですよ」

その言葉に、クロードがバツの悪そうな顔をする。その姿が何だか、飼い主から叱られた大型犬のようでリリアンは「冗談です」と言いながらも笑ってしまう。

正直、初めはそんなにクロードのことが好きではなかった。大事に仕舞ってきたユリウスへの気持ちを無理やり暴かれたような気がして。
せっかちで、偉そうで、そのうえ強引で。リリアンじゃなくて、他の人を探してくれればいいのにとも思った。
……でも今は、この時間を楽しいと感じる自分がいる。関わっていくうちに、クロードが優しさも知った。だから思うのだ。
もしかしたら、クロードとリリアンは良き友人になれるのではないかと。

「クロード様。私がもっとクロード様のことが知りたいと、そう言ったら迷惑でしょうか?」
「――迷惑なわけないだろう」

クロードは一瞬目を見張ったけど、すぐに優しいまなざしで微笑む。それは何かを噛み締めているかのように。
言葉にせずとも、きっと今の自分と気持ちは同じなのだと分かってリリアンは嬉しかった。



***



「送ってくださりありがとうございました。遅くなっちゃいましたね」
「随分話し込んでしまったからな」

カフェから出ると既に辺りは暗くなっていた。送ると言い張るクロードの好意に甘え(押され)て、家へと着いたリリアンはお礼を伝えた。
好きなものや、好きなこと、休日は何をしているのかとか。今日はお互いに色んなことを知れた気がする。
恋人だと周囲に広めるという目的も、無事に果たせたことだろう。今日の様子を見る限り、噂は数日と経たずに広がりそうだった。

「今日は楽しかったです。クロード様もお気をつけて」
「ああ……その、次はいつ会えるだろうか」

こほんっと、小さく咳払いをしてクロードが尋ねる。休む暇もなく、もう次の作戦を練るだなんてさすがだった。

「来週、いえ再来週頃は如何でしょうか?」
「いや君に予定がないのなら来週にしよう」
「でもクロード様はお忙しいのでは?」
「一日くらい予定を空けることは難しくない。他でもない君に会うためだからな」

クロードがリリアンの頬へ手を寄せる。囁かれた言葉とその行動に心臓がドキリと音を立てた時。

「リリアン?」
「お、お父様……!」

後ろから突然声をかけられ、リリアンは振り向いた。間の抜けた表情で立ち竦んでいるのは、リリアンの父親であるハーシェル伯爵だった。

今は演技する必要なんてなのにどうして急に恋人のようなことを言うのかと思ったら、伯爵が近くに居た為だったらしい。危うく変な勘違いをする所だったと、リリアンは少しの羞恥心を感じながらクロードからぱっと離れる。

「聞いた時は人違いだろうと思っていたが、まさかあの噂が本当だったなんて……」
「噂?」
「リリアンと公爵様がデートをしていたという噂だよ」
「もうそんなに広まってるの!?」

数日どころかまだ一日も立っていないのに。驚愕するリリアンを他所に、伯爵はクロードへと視線を移す。

「遅くなり申し訳ありません。ウィノスティン公爵様にご挨拶申し上げます」
「顔を上げてくれ。此方こそ、こんな時間まで大事な令嬢を連れ回して悪かったな」
「……恐れ入りますが、公爵様とリリアンの関係をお伺いしても宜しいでしょうか」
「伯爵ももう知っての通り、恋人だ」

顔を白く染める父親に、やっぱり驚かせてしまったとリリアンはハラハラする。伯爵は少しの沈黙後、顔を上げて「そうですか」と小さく呟く。

「立ち話も何ですし、夕食がまだでしたらご一緒に如何でしょうか?」
「ま、待ってお父様!クロード様は忙しいでしょうしまた後日に改めた方が……」
「いえ。是非ご一緒させてください」

クロード様!?出したはずの助け船を本人に沈められて、リリアンは心の中で悲鳴を上げた。

「ちょっとクロード様、何で承諾しちゃうんですか!?」
「恋人の父親からの誘いだ。断れるはずがないだろう」

リリアンは小声で詰め寄る。今からでも考え直してほしいと。こんな状況なのに、何故か意気揚々としているクロードが信じられない。
やっぱり家まで送ってもらうべきではなかったと、今更ながらに後悔した。

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