女避けの為に選ばれた偽の恋人なはずなのに、なぜか公爵様に溺愛されています
32話 心を動かすのは sideクロード
「もうダメだ、絶対に嫌われた」
リリアンの面会拒否から四日目。クロードは絶望に打ちひしがれていた。
ようやくここまで漕ぎ着けたというのに、焦って全てを台無しにしてしまったのだ。時を戻せるなら、今すぐにでも戻したかった。
それだけじゃない。昨日ハーシェル家の屋敷へ訪れた際にユリウス・ハーシェルに言われた言葉にも、胸を深く抉られた。
『しつこい人ですね。姉さんが嫌がってるのが分からないんですか?』
『今までも貴方のように、姉さんに近づいてくる人はいたんですよ。ですが他に好条件の方が現れれば、アッサリと乗り換えるんです。公爵様もお遊びのつもりなら、早く手を引いてくれませんか。これ以上姉さんを傷つける前に』
不信と敵意に満ちた目でユリウスはクロードを睨んだ。結局何かを言い返す間もなく追い出されてしまった。
「あんな奴らと一緒にされるだなんて……ッ!遊びなわけがないだろう!」
「クロード様はもっと重くてしつこいですからね」
「一途と言え」
頭を抱えるクロードを横目にオリヴァーは淡々と書類を整理し続ける。
ここ数日の間、皆が寝ている時間もクロードは仕事をしているようで、机の上はかなり綺麗になっていた。
「ハーシェル令息に随分と嫌われているようですね。まぁ、クロード様の自業自得ではあるんですが」
「ぐっ……」
「毎回訳も分からず睨まれてたら、そりゃあ誰だっていい気はしませんよ。クロード様の気持ちも分からなくはないですけどね。好きで好きで仕方ない女の子の隣には、他の男がいるうえに自分は完全に圏外なんですから」
「ふんっ、恋人もいないお前に何が分かるってんだ」
急所を突かれたクロードはもっと何か言い返したかったけれど、今はそんな気力がなかった。オリヴァーもそれに気付いたのか休息を取るように進言する。
「もう何日も寝てないんでしょう。一度休んでください」
「今はまだいい。それより例の件はどうなった?」
「はい、それについてはつつがなく。噂も今は落ち着いております」
「そうか」
クロードは一昨日発行されたばかりの新聞に目を落とす。記事にはクロードとリリアンの事が記載されている。これはユリウスとの噂を消すために準備したことだった。
本来ならば、パーティーで仲睦まじい姿を見せるだけの予定だった。間違ってもリリアンの相手がユリウスだと勘違いされないように。
ただそれだけのつもりだったのに、リリアンの口から『ユリウスと恋人』というワードが出た瞬間、頭に血が上り我を忘れてしまった。
絶対に渡したくないと、それしか考えられなかったのだ。彼女の気持ちを無視して口付けてしまうなんて最低だった。
夜は目を瞑るとリリアンに拒絶される想像ばかりが頭に浮かぶせいで、まともに眠れず夜通し仕事に没頭する日が続いていた。
瞼が重く視界が狭まる。クロードは眉間を押さえて、背もたれに寄りかかった。
「今回の件、お前はどう思うオリヴァー」
「そうですねぇ、偶然にしては出来すぎているかと」
クロードも同意だと頷く。数日前のリリアンとユリウスの記事は、意図して出た物だと考えていた。タイミングといい、内容といい悪意を感じるのだ。
「はぁ、クロード様も罪な男ですね」
「まだ俺が原因かは分からないだろう」
「ならハーシェル令嬢が他に恨みを買う理由がありますか?」
「……」
全くと言っていい程、何も思いつかない。クロードは息を吐いた。
「人の苦労も知らないで……本当にいい迷惑だ」
「相手側からすれば、ハーシェル令嬢はぽっと出の伯爵令嬢でしかないですからね」
リリアンを妬ましく思う人がいても、理解はできる。クロードにも身に覚えがあるからだ。突然現れた奴に、彼女の隣を奪われて身を焦がすような気持ちが。
だからと言ってリリアンと仲違いさせるためにこんな事をされるなんて、たまったもんじゃない。ようやく得た彼女の隣を手放す気などなかった。
「彼女を一番恨んでるとするなら、フルク嬢だと思うが」
「以前紅茶をかけられそうになってましたしね。ですがあの方がこんな遠回しなやり方をするでしょうか?」
「確かに、彼女なら直接手を出しそうだ」
「他に可能性があるとすれば、ローレヌ令嬢ですかね……」
ふむ、とクロードは顎に手をやり思案する。数多くの令嬢たちにクロードが見向きもしない中でも、お構いなしにアプローチを続けてきた二人。
オリヴァーの言葉通りシャーロットもグレース同様に疑わしい一人だった。
その上、シャーロットはリリアンがクロードを好きではないことを知っているのだ。
「リリアンに護衛をつけれたらいいんだが……」
「難しいでしょうね。こっそりつけたとしても、ハーシェル令息に気付かれそうですし」
第三騎士団は主に戦争や魔物討伐の際に前線に立つ部隊だ。実力主義者たちが集まる中で、副団長にまで上り詰めた男が気付かないはずない。厄介だけれど、自分の手の届かない場所では奴がリリアンを守ってくれるという安堵感もあり複雑な心境だった。
「仕方ない。一先ずその二人を警戒しておこう」
「畏まりました。今日も行かれるのですか?」
「ああ。これを片付けたら向かう」
クロードは残り僅かになった仕事へ再び手を伸ばす。急ぎのものではないけど、立つには腰が重かった。行くのが面倒臭いからなんかではなく、今日もまた拒絶されるかと思うと現実逃避をしたくなったのだ。
「公爵様、お客様がお見えになりました」
「誰だ?追い返せ」
使用人の言葉をクロードはすぐに拒否する。今日は来訪の予定はなかったのに。事前に連絡もせずに来るだなんて非常識な奴だと眉を寄せた。
「リリアン・ハーシェル令嬢なのですが……」
「何だと!?すぐに通せ!」
クロードが勢いよく命じながら、部屋から飛び出していく。
「随分と嬉しそうな顔をされて」
つい数分前までは今にも死にそうな顔をしていたというのに、えらい違いだった。オリヴァーは一人呟きながら、クロードの机の上にある残りの書類を持ち上げた。
「今、何か……?」
書類の下から一枚の手紙が出てきて、ひらりと床に落ちる。
ビビアン・ペトロフ伯爵令嬢からの手紙だった。
先日の詫びと、これからもリリアンと仲良くしてほしいという意を込めて、クロードがビビアンに多くの贈り物をしたのを思い出す。選んだのはオリヴァーなのだが。
多分その礼だろうと察した。
オリヴァーは落ちた手紙を拾い、クロードの机へと再び置いた。