嘘つき義弟の不埒な純愛
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「あ、見て!水無月梓だよ」
取引先から帰る途中、駅前を歩いていると誰かが嬉しそうに叫んでいる声が聞こえた。
寿々は思わず足を止め、後ろを振り返った。
女性が指さしていたのは、駅に隣接する十階建てのビルの上。空の隙間を埋めるように設置されている大きな看板だ。
そこには十代から三十代の女性に圧倒的な支持を受けている俳優、水無月梓の顔がドアップで掲示されていた。
きっと、あの看板は二週間後に発売される新しいフォトブックの宣伝用に作られたものだろう。
七月の眩しい太陽の下で、はにかみながら笑っている彼の表情を、寿々も目を細めて眺める。
すると、今度は別のところから黄色い声が上がった。
「私、梓くんのファンなんだ!撮っちゃおうっと!」
修学旅行中なのだろうか。揃いの制服を着た女子中学生の集団は、スマホ片手に看板を撮っていく。
往来の邪魔にならぬよう気を配りながら看板とのセルフィーを狙うものの、画角が悪いのかうまく撮れない模様。
寿々は見かねて彼女達に声をかけ、写真を撮るのを手伝ってやった。
「ありがとうございました!」
会釈して駅の方に歩き出す彼女達に応えるように、手を振り返す。
(相変わらず、大人気ね)
写真ひとつでああも盛り上がれるのは、若さと情熱の表れなのだろう。
寿々は気を取り直し、鎖骨まであるストレートの黒髪を靡かせながら再び歩道を歩き始めた。
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