嘘つき義弟の不埒な純愛
結局、寿々は自分が暮らすワンルームマンションまで梓に車で送り届けてもらった。
人気俳優を運転手に使うなんて、ファンに知られたら怒られそうだ。
「送ってくれてありがと。仕事も頑張ってね」
「またな」
五月になったばかりの生温い風が、辺りを包みこむ。
寿々は車が角を曲がり見えなくなるまで、その場で手を振った。
「あ、時計……」
異変に気づいたのはトートバッグから部屋の鍵を取り出そうとした時だ。
左腕に嵌めていた時計がない。
掃除を始める前にキッチンカウンターの上に置いたまま、忘れてきてしまったようだ。
女性らしいピンクゴールドの腕時計は、当時二十歳にして芸能界をブイブイ言わせていた梓が就職祝いに買ってくれたものだ。
時計をくれた当時のことを思い出すと、微笑ましい気持ちになる。
照れ臭そうに女性物の時計を差し出した梓は、それは見応えがあった。
(まあ、いっか。また行くだろうし)
寿々はスースーする左腕の違和感を気に留めないよう努めた。
可愛いとは真逆の寿々には少し眩しいキラキラの文字盤は、まるで芸能界に燦然と輝く梓みたいだった。