嘘つき義弟の不埒な純愛
「少し、考えさせてください……」
「そうだな。返事は急がないから、ゆっくり考えてくれ」
篠原は紳士だった。帰り際、財布を出せば、笑いながら「もう済んでる」と言われた。
お会計までもがスマートだった。
「家まで送る」
律儀に寿々を送り届けようとする篠原とマンションまでの道のりを歩きながら、物思いにふける。
(どうして私なんだろう)
篠原は仕事もできて、身なりもきちんとしており、部下からの信頼も篤い。清潔感が漂い、さりげない気遣いもできる。
その上、大手広告代理店の御曹司ときたもんだ。
非の打ち所のない完璧な人。
結婚するならこういう彼のような人が理想的だろう。
それなのに、寿々は浮かない表情を浮かべている。
交際を躊躇う理由が一切見つからないのに、なぜかあのとき言葉に詰まった。
(結婚?私が?)
まるで、遠い国の出来事みたいに現実感がない。
二十代も後半に差し掛かっているというのに、寿々はこれまで自分が結婚するとは夢にも思っていなかった。