嘘つき義弟の不埒な純愛
寿々が働く広告代理店があるのは、最先端のファッションやカルチャーが集まる街。
ふたつの大通りに挟まれた八階建てのオフィスビルの中の七階だ。
「ただいま戻りました~!」
夕方五時を過ぎ、取引先から帰社した寿々は、フロアに残っていた同僚達に軽く声をかけていき、自分のデスクに着席した。
寿々が営業職としてこの広告代理店に入社したのは五年前。
得意先への挨拶回りと新規開拓が主な仕事だ。
営業先も何年も付き合いがある会社ばかりだし、社員もいい人しかしない。
「お疲れ様」
「お疲れ様です。篠原係長」
寿々は上司である篠原からの労いの言葉を受け、軽く頭を下げた。
篠原は寿々の直属の上司で、年齢は三十代前半。
物腰が柔らかく、パーツの凹凸がはっきりした凛々しい面構えをしていて、女性社員からの人気ぶりは他の追随を許さない。
部下の寿々も篠原が上司で、よく羨ましがられる。
「そのまま直帰してくれても構わなかったが……」
「報告書を今日中に仕上げたくて。それに、このあとは人と会う約束をしているんです」
「なんだ、用事があるのか。飲みに誘おうと思っていたのに」
「すみません。また、今度」
寿々はパソコンに向き直り、宣言した通り手早く報告書を仕上げて篠原に提出した。