嘘つき義弟の不埒な純愛
「寿々」
思案に暮れる寿々を現実に呼び戻したのは、篠原ではなかった。
「梓?」
寿々の暮らすマンションの前。待ち伏せをしていたのは、黒色のマスクをしてキャップを目深にかぶった梓だった。
「どうしたの!?」
寿々は梓の姿を認めるとすぐさま彼のもとへ駆け寄った。
「時計、俺があげたやつだったから」
梓がポケットから取り出したのは、たしかに寿々が先日忘れていった腕時計だった。
「知り合いか?」
「弟です」
寿々が後ろを振り返り首を傾げる篠原にそう告げると、梓から腰に手を回される。
独占欲すら感じられる行動には、篠原に対して敵意があるとしか思えない。
「あんたもこの顔に見覚えがあるだろう?」
梓はマスクを引き下ろし、頭からキャップをとった。
「水無月梓?」
篠原がキョトンと目を丸くしている。
芸能人に疎そうな篠原でさえ、すっと名前が出てくる程度には梓の顔と名前は広く知られている。
「驚いたよ。水無月という苗字は確かに珍しいけれど、まさか姉弟だとは……」
「姉さんに話があるから帰ってくれる?」
梓は取ってつけたような笑みを浮かべながら、冷淡に言い放った。
『姉さん』の部分に含みがあるように聞こえたのは気のせいだろうか?
今まで梓から姉さんと呼ばれた記憶はない。
「そうだな。今日は帰ろう。水無月、また来週会社で」
「はい」