嘘つき義弟の不埒な純愛

 篠原の姿が路地の角から見えなくなるやいなや、寿々はキッと梓を睨んだ。

「なんでわざわざ顔を見せたの?」

 梓が顔を見せなければ、姉弟だと知られずに済んだのに。
 篠原が他人に言いふらすような人でなくて、本当によかった。

「俺がいなかったら、今からあの男を部屋に連れ込むつもりだったのか?」

 梓は寿々の質問には答えず、逆に尋ね返した。
 率直な物言いに、かあっと顔が熱くなる。
 なぜか後ろめたい気持ちになり、目を伏せる。

「やめて。係長とはそういう関係じゃ……」
「あの男に下心がないと思ってた?」
「変な言い方しないで。係長とは食事しただけ。夜遅いからってわざわざ家まで送ってくれたのよ」

 誰に対する何の言い訳だろう?
 梓は寿々の頬に指を滑らせ、上を向かせた。

「顔が赤い。酒も飲んだ?」
「一杯だけ……」
「他の男につけいる隙を与えるなよ」
 
 口籠りつつ答えると、梓の纏う雰囲気がヒリヒリしたものに変わった。
 空気が二、三度下がったような気すらした。

「寿々が好きなのは俺だろう?」
「……え?」

 呆けた顔で聞き返せば、梓は明らかに苛立った。
 
「本当に鈍すぎ。俺、もう二十六歳だぞ。一人暮らしだってそれなりに長いんだ。掃除も洗濯だって自分でできる。寿々が通いやすいようにわざと口実を作ってやっただけ」

 梓は勘の鈍い寿々に呆れ果て、大きく息を吐き出した。かと思えば鷹のような鋭い瞳で寿々を射抜いた。
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