嘘つき義弟の不埒な純愛

(うん)
 
 寿々は肩に掛けたトートバッグの持ち手を固く握りしめ、意を決して堅牢なセキュリティを潜り抜けた。
 梓の部屋にたどり着くまで、ずっと心臓が忙しなく鼓動を刻んでいた。
 部屋番号が書かれたゴールドのプレートを眺めながら深呼吸する。

 梓がこのマンションに引っ越した時、セキュリティの認証手続きをした後、一緒に部屋の鍵も渡された。
 寿々はバッグから予備のカードキーを取り出し、恐るおそるリーダーにかざした。

 ガチャンと音がして鍵が開いたようだけれど、寿々はドアノブに手がかけられなかった。

(今がよくてもその先は?)
 
 一寸先は闇。
 この扉を開けた先に待ち受けているものがなんなのか、誰にもわからない。
 結婚二十周年を迎えた両親のこと、梓のファンのことが一瞬にして頭の中を駆け巡っていく。
 どう転んでも大切な誰かをひどく幻滅させるのは確かだった。

(怖い)
 
 覚悟は決めていたはずなのに、臆病の虫が顔を出し身動きが取れない。
 そんな寿々にひとりだけ救いの手を差し伸べてくれる。
 
『寿々?そこにいるのか?』

 扉越しのくぐもった声に、ドクンと胸が大きく弾んだ。
 なにか言わなければと思えば思うほど、喉がカラカラに渇いていって上手く声が出せない。
< 39 / 44 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop