嘘つき義弟の不埒な純愛
(うん)
寿々は肩に掛けたトートバッグの持ち手を固く握りしめ、意を決して堅牢なセキュリティを潜り抜けた。
梓の部屋にたどり着くまで、ずっと心臓が忙しなく鼓動を刻んでいた。
部屋番号が書かれたゴールドのプレートを眺めながら深呼吸する。
梓がこのマンションに引っ越した時、セキュリティの認証手続きをした後、一緒に部屋の鍵も渡された。
寿々はバッグから予備のカードキーを取り出し、恐るおそるリーダーにかざした。
ガチャンと音がして鍵が開いたようだけれど、寿々はドアノブに手がかけられなかった。
(今がよくてもその先は?)
一寸先は闇。
この扉を開けた先に待ち受けているものがなんなのか、誰にもわからない。
結婚二十周年を迎えた両親のこと、梓のファンのことが一瞬にして頭の中を駆け巡っていく。
どう転んでも大切な誰かをひどく幻滅させるのは確かだった。
(怖い)
覚悟は決めていたはずなのに、臆病の虫が顔を出し身動きが取れない。
そんな寿々にひとりだけ救いの手を差し伸べてくれる。
『寿々?そこにいるのか?』
扉越しのくぐもった声に、ドクンと胸が大きく弾んだ。
なにか言わなければと思えば思うほど、喉がカラカラに渇いていって上手く声が出せない。