その男、溺愛にて

憎き男

「あなたがお父さんを殺したんだ…。あなたなんて大嫌い、もう2度とうちに来ないで!!」

黒い三つ巴のスーツに黒のネクタイを締めてやって来た男は、セーラー服姿の少女にそう言われ、持って来た花束を玄関先に置いて、何も言わず、頭だけを深々と下げ去って行った。

西宮 友徳 (45歳) 殉職

雪がシンシンと降る寒い冬の夜だった。

殉職した西宮紗奈の父は、警視庁警備部警護課の特殊警護班を率いる班長だった。

特殊警護班は通称SPと言われ、主に要人警護を一手に任され、全国各地から選りすぐりが集まる新鋭部隊でもある。

その中でも松永悠人は身体能力が高く、学生時代から習っていたジークンドーと言う極真術のお陰か、柔軟性にも長けていた。毎年行う身体能力テストでは、今でもずば抜けて優秀な成績を治めるほどだ。

しかも頭脳明晰で有名大学を首席で卒業している為、幹部候補生でもある。そのくせエリート特有の鼻にかけた感じも無く、礼儀正しく性格もサッパリしていて扱いやすいから、入団当初はどの部署からもオファーが殺到していたらしい。

なぜ、SPに配属が決まったのかと言うと、その目立つ容姿のせいでもあると、周りからは密かに噂されていた。
モデルのような容姿の松永は、秘密裏に動く部署では悪目立ちしてしまう。その点、要人警護は堂々と目立った方が良いのだ。
しかし本当は本人立っての希望だったからに過ぎないのだが…。

SPを率いる西宮班長は、人望厚く誰からも好かれる人物だったが、妻を早くに亡くし、娘を1人で育てるシングルファザーでもあった。

松永自身も母1人子1人で育った経験があり、西宮班長を助けたいという思いがあったらしい。しかしその母も20歳の時に病気で他界し、今は天涯孤独な身だ。

班長は1人娘の紗奈を溺愛し、事の他大事にしていた。それは側から見てもよく分かり、暇さえあれば娘自慢をしてくるような子煩悩さに、松永は密かに理想の父親像を掲げていたのだった。

『君みたいな強い男が俺の娘を貰ってくれたら、安泰なんだけどなぁ。』

生前よく松永にそう冗談を言って困らせていたが、本気だった事を松永だけが知っている。
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