その男、溺愛にて
松永さんは少し狼狽していたが、大人しくいつものように靴を丁寧に並べて、
「お邪魔します…。」
と、部屋に上がる。

和室の電気を自ら点けて、仏壇にケーキと花を供えると、蝋燭に火を付けて、いつものようにお線香をあげて、手を合わせる。

「西宮班長、紗奈の涙を止めて下さい。お願いします。」
突然真顔で声を出して言うから、ついプッと吹き出してしまう。

「父は…神様じゃないから…そんな風に、お願いされても、困ると思います。」
泣き笑いしながら、松永さんに訴える。

「俺にとっては神様みたいな人なんだ。班長に不可能な事は無い。」
さっきよりも熱心に手を合わせている。
何をお願いしているのか…。
今までもそんな風に手を合わせていたの…?と思うと可笑しくなってくる。

クスクスと笑い出してしまう私を横目に、
「さすが、班長…ありがとうございます。」
と、また手を合わせているから、笑いが止まらなくなってしまう。

良い大人が何をしているんだろう…
誰よりも強くて、偉い人を守る仕事をしている、無敵な松永さんなのに…。
彼の弱点を見つけてしまった。
この人、誰かに泣かれるのが苦手なんだ…。

仏壇の前に座る、大きな背中を見つめながら私はしばらくクスクスと笑っていた。
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