その男、溺愛にて
洗い物をしながら、松永さんに対しての今までの自分の態度を振り返り、また涙がポロポロと流れ出す。

「ごめんなさい…。今まで酷いことばかり言って…嫌いだなんて言って…ごめんなさい。」
そう言って、子供のように泣き始める私を、松永さんはギョッとして慌てる。
「お、おい…。何泣いてんだよ。
やめてくれ…お前の涙は俺には刺激が強すぎる。」

と、よく分からない事を言って、泡だらけの手を水で洗い流し、何を思ったのか私の頭を片手で抱き寄せ、自身の胸に押しつける。

えっ⁈これ、なんか抱きしめられてる⁉︎
「ちょっ、な、な、何⁉︎」

「お前が泣くからだろ。本当にやめてくれ。ハンカチももう無いんだから、こうするしか無いだろうが。
嫌だったら今すぐ泣き止め。」

「だ、だって…私、松永さんの事、ずっと誤解してて…松永さんが悪く、無いのに…人殺しなんて、ひ、酷いことを…。」

「良いんだ別に。そう思われても仕方が無い事だったんだ。もっと他に最善が無かったか、俺だって未だに自分を罵倒したいくらいだ。」
松永さんが秘めた心の内を露としてくれる。

「松永さんは…もう、父からも…私からも、解放されるべきなんです…。」
ヒックヒックと泣きながら、思いの丈を本人に打つける。

「そうか…やっと分かった。なんであんな男に小芝居させたのか、紗奈は俺を遠ざけて、早く自由になれっていいたかったんだな…。」
私を抱きしめたまま、静かに松永さんは言う。

「だって…松永さん…もう、30過ぎだし、仕事だって、本当は現場にしがみ付くべき人じゃないって…お父さんも、言ってたし…。」

「俺が、30過ぎのおっさんだからって…早く身の振り方を決めろって言いたいのか?」

「お、おじさんなんて、これっぽっちも思ってません…。ただ、父の事で責任を感じて、動けないままだったら…勿体無いって、思って…。」

最後の方は言い過ぎた気がして、声が小さくなってしまう。

「紗奈がそこまで考えてたとは思ってなかった…。
ただ、俺は別に責任とかでSPに居続けてる訳じゃない。毎月この家に来るのだって…強いて言えば自分の為にしている事だ。紗奈が重荷に感じる事は一つも無い。」

頭をポンポンと撫ぜられてやっと解放してくれる。

慌てて離れようとするのに、なぜがその色素の薄い綺麗な茶色の瞳に見つめられて、私は金縛りにあったかのように動けない。

「俺は天涯孤独の身で家族と呼べる人は居ない。それでも…君らが俺をこの家に招き入れてくれた日から、俺は勝手に家族というものを感じている。だから、紗奈には幸せになって欲しいし、その手助けが出来るくらい近くにいたい。
それに…SPをやめないのは、西宮班長を超えたいからだ。俺がそうしたいからしてるんだ。分かったか?」

そう言い捨てて、喋り過ぎたとばかりに口を手で抑える。

「もう、時間切れだ…仕事場に行かないと…。他に言いたい事があるならメッセージでもいい。直ぐには見れないかもしれないが、その都度ちゃんと返事するから。」
松永さんはそう言って、急いで玄関を出て行った。

直ぐにスマホが鳴って、何事かと思って慌ててメッセージを見ると、

『仏壇にロールケーキを置き去りだった。忘れないうちに食べてくれ。』

仕事で忙しいのにそんな事…こんな時でも律儀な人だなと笑顔が溢れる。
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