その男、溺愛にて

律儀な男 松永悠人

5年ぶりに紗奈の笑顔を見た。

純粋に嬉しかった。この、5年間の辛かった全てが一気に吹っ飛ぶくらい。

だけど…今日の紗奈はよく泣いた。
きっと、限界まで追い込んでしまっていたんだ。
紗奈が泣くと、俺は胸が苦しくなって息がうまく出来なくなる。

それはきっと、西宮班長の最後の言葉が俺を呪いのように締め付けてくるからだ。

『頼む…出来れば、お前の手で…紗奈を幸せにして欲しい。』

俺だって…出来ればそうしたい。
だけどそこに紗奈の気持ちが無いのならば…
それを知るのが怖くて、聞く勇気がまだ俺には無い。
もし、紗奈と永遠に会えなくなるような事があったら、俺は息が出来なくなって死ぬだろう。

5年の間、憎まれ、罵られ…大嫌いだって言われても、何とか耐えきれたのは、その西宮班長の言葉があったからだ。あんなにも後生大事にしていた娘の事を、最後に俺に託したのだから…。

なのに…紗奈の彼氏だと挨拶して来た佐伯と言う男は、いとも簡単に紗奈を攫っていこうとした。それが例え見せかけだとしても、その若さが羨ましいと思った。

まぁ、あいつの見え透いた下手な演技のお陰で、5年間の誤解が解けたのだから良しとしよう。
しかし、あいつも紗奈に興味が無いはずはない。鈍い紗奈は何も気付いていないようだが。要注意人物だ。

それにしても…今日の紗奈は本当に可愛くて、例え怒っていようが、憎まれ口を叩いていようが、全てが愛しくて、溢れ出しそうになる思いを制御するのが大変だった。
自分でもいい大人が大概にしろよと呆れるが…。

とりあえず、やっとスタートラインに辿り着いたところなのだから、慎重に行かないと、逃げられたら生きていけない。

そんな事を思いながら現地に到着して、車から降りる瞬間思い出す。仏壇のロールケーキの事…生物だから早く食べるように伝えなければ。

そう思い急いでメールを打つと、既読がすぐ付き返信がくる。

『こんなに1人じゃ食べられません。冷凍するので、近いうちに食べに来て下さい。』
確かに1人じゃデカかったが、もう店にはあれしか残っていなかったのだから仕方が無い。手ぶらで行く訳にもいかず怒られる覚悟で持って行った。

しかし、また、会いに行っていいのか⁉︎しかも、月命日以外の日に…。
そう思うと俺は動揺を隠せそうも無く、車で呼吸を整え冷静さを取り戻すまで、数分時間がかかった。

誘われたのだから行くべきだ。責任を持って半分は食べなければ、そう律儀に思いながら、久しぶりに心が上がる。
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