その男、溺愛にて

取調べ

「で、誰に頼まれたんだって聞いてるんだ。」
取り調べ室で俺は声を荒げる。
実行犯は4人、そのうちの赤シャツ男と睨み合う。

「知らねぇーよ。俺は俺の意思で動いてるんだよ。あの狸をぶっ殺して、世の中の理不尽を無くすのが目的だ。」
凄みを効かし、ドンと机を叩いてくる。

「世の中は時として理不尽な事ばかりなんだ。お前が誰かを庇おうが、そいつは全て押し付けてお前を裏切る。早く吐いた方が楽だぞ。」

こう言う時は熱くならず冷静に対応するのみだ。4人の中に主犯格がいるのか、それとも、高みの見物をしているのか、じっくりゆっくり炙り出すしかない。

自白は心理戦だ。上手く誘導して追い込んで吐かせる。
「お前に何が分かるってんだ!」

「そういう裏切りを何度も見てきた。人の繋がりなんてそんなもんだ。」

俺は経験上それを知っている。人間は裏切る生き物だ…西宮親子以外、俺は信じないと決めている。

「ふざけんなっ!俺らの絆は強いんだ!」
容疑者はガンッと机を蹴って暴れる。
とりあえず、コイツは直ぐ吐く、『俺ら』と言った時点で自白してるようなものだ。

「三好、少し時間を開けるぞ。他の3人から先に聞き出そう。そうだな…あの女から行くか?直ぐ吐きそうだ。」

「そうっすね。自分は関係ないってさっきから煩くて、あの女からいきましょう。」
尋問に立ち会っていた三好も、俺の心理戦に一役買う。
「…知らねーよあんな女。だいたい趣味じゃねー。」
男のトーンが低くなり若干の動揺が見られる。主犯格はあの女か…そうやって徐々に確信に迫って行く。

夜が明けて朝9時、今日の任務は完了した。
俺は気怠い身体を引きずって家に帰る。紗奈はもう出勤しただろうか…。ふとプライベートに戻った途端、思い浮かぶのは紗奈の事。

あの親子に俺が関わり続けるのは理由がある。

俺が、西宮班長に初めて会ったのは12歳の時だった。
しょうもない毒親だった母は、良く俺を置いて知らない男と何日も家を開ける事があった。
家に食べ物が無くなって、俺はこのまま死ぬのかなと夜明けの街をブラブラ歩いていた。

その頃、安全保安部に勤めていた西宮班長に拾われる。
彼は俺を保護して直ぐに、近くのコンビニで牛乳とあんぱんを買って、俺に食べさせてくれた。

「お前偉いな。こんなに腹空かせてたのに、店の物とか盗んだりしなかったんだな。」
そう言って、おいおい泣いていた。見ず知らずの子供の事で、こんなにも大の大人が泣くのかと思うくらい。
そこから俺の人生は変わっていった。彼のお陰だと言っても過言じゃ無い。

保護された俺は児童相談所に送られて、施設に入る事になる。1週間後に何を思ったか母親が迎えに来たが、それから施設と家を行ったり来たりする生活だった。だけど、俺が腐らなかったのは、西宮班長のお陰だった。
「産まれた場所は選べないが、お前には自由な未来がある。負けずにのし上がれ、お前を馬鹿にした奴らを見返してやれ。」
彼は巡査になってもSPになっても、俺の事を見捨てず週に一度は会いに来てくれた。

死に物狂いで勉強して上を目指した。誰にも何にも言われない所までのしあがってやる。と言う思いだけが俺を動かしていた。
ジークンドーに出会ったのもその頃だ。

その話しを彼にしたら、安月給を削ってその月謝を絞り出してくれた。それは5年間も続いた。
その間に西宮班長は結婚し、子供が出来、妻を無くしシングルファザーになり…いろいろな事があったのにも関わらず、俺への出資は辞めなかった。

俺が大学を出て、同じ警視庁に入った時、涙を流して喜んでくれたのも彼だけだった。20歳の時、毒親が身体を壊して病院に入り亡くなったのだが、葬式や寺の手配など、最後まで寄り添い面倒をみてくれた。

全ての俺の人生に関わってくれたのは彼以外いない。

だから紗奈は俺にとっても大切な人間だ。
始めて会ったのは彼女が高校生になってからだが、何度となく、西宮班長から娘自慢を聞かされていたから、初めての気がしなかった。
 
だから、彼女に惹かれるのに時間はかからなかった。

もうずっとだ…いつからかなんて分からない。
紗奈が俺の心に棲みつき離れない。誤解から憎まれて、嫌われていた時でさえ離れたくなかった。どんな形でもいい。側にいて見守っていたかった。

今、誤解が解けて彼女の気持ちが軟化した。そこに漬け込んで…何ておこがましいことは思ってないが。
もう少しぐらい近付いても、いいんじゃないだろうかと思っている。
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