その男、溺愛にて
1人娘の紗奈は人見知りで、どちらかと言うと内気な性格だった。犬のぬいぐるみが大好きで、松永は誕生日に必ずそれをプレゼントした。
『ありがとう。』と、歯に噛みながら言う笑顔の可愛い少女だった。

松永悠人とは良好な関係だったのだ。

あの、事件が起きる前までは…。

彼は父の信頼おける部下の1人であり、ある日、一人暮らしの彼の事を心配した父が家に連れ帰って来た。

父に頼まれてオムライスを作ってもてなした日の事を、紗奈は今でもよく覚えている。

「ありがとう。いただきます。」
当時高校生だった紗奈にも律儀に手を合わせて、お礼を伝えてくれるその心根が嬉しかった。

父が仕事場の誰かを家に連れて来たのは初めての事だったから、よっぽど気に入っている部下なんだと、紗奈にも分かるほどだった。

松永悠人は背が高く、モデルのようなその容姿は、そっち方面には全然疎い紗奈でさえ、驚き煽り見るくらいだった。
切れ長の鋭い眼差しは、色素が薄くて怖いくらいに綺麗だから、ハーフなのかとよく聞かれる事があるらしいが、その度純日本人だと答えているそうだ。

特殊警護班は多忙で、依頼があれば全国各地を飛び回り、24時間体制で警護する事もあったから、父である西宮が家を開ける日がよくあった。

彼にとって、年頃の大事な娘を1人家に残している事は、いつも心配の種であり、出来れば毎日定時で帰れる部署に代わりたいと、異動願いを出していたくらいだ。
だから、西宮が帰れない日は松永が代わりに紗奈の様子を見に行ったりもしていたから、時には一緒に夕飯を食べたりする事もあり、人見知りの紗奈も自然と打ち解けていった。

そんな中、西宮が殉職した。

亡くなる時、同じ任務にあたっていたのは他ならぬ松永だった。

父が無鉄砲に飛び出した部下を庇い、命を絶ったと聞いた時、紗奈はどれほど辛く悔しかったか…。

当初は松永を恨んだ。もう2度とその顔を見たく無いと思ったし、あんなに仲良くしてたのに、涙ひとつ見せず、その淡々とした態度も紗奈の怒りをかった。

こんな人だとは思わなかった…。今まで、兄みたいな気持ちで接していた紗奈はその姿を見るだけで、憎しみが増した。

「俺が嫌いだろ。お父さんの仇だって憎んでくれて構わない。俺が殺したようなもんだ。お前の憎しみは全部俺が受け止める。」

松永もまた、西宮班長を守る為に飛び出したに過ぎなかったのだが…。
今となっては言い訳すら虚しく、彼女の怒りの矛先がむしろ自分だけに向くのであれば、それはそれで彼女を救えるのでは無いかとさえ思っていた。

5年経った今でも幹部候補生である松永が、特殊警備班に所属しているのは、西宮班長の意思を受け継いでいきたいという熱い想いがあるからだ。
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