その男、溺愛にて
松永は月命日には必ず紗奈のいる家に行く。

当初は嫌われ罵倒され心が折れそうな日もあったが、5年経った今では紗奈にとって、空気のような存在になったのだと松永自身も認識している。

「こんばんは、松永です。」
今夜も律儀に彼は、西宮の家へ線香をあげにやって来た。

ガチャッと玄関の開く音がして、紗奈がいつものように顔を出す。

「どうぞ…。」
この5年の間に急に大人びて綺麗になった紗奈は、淡々と笑顔の一つも見せずに出迎える。そうさせているのは松永自身のせいだと分かってはいるが、その度心がズキンと痛む。

ところが…今日に限っていつもと違う雰囲気を感じ取り、松永は胸騒ぎを覚えて一瞬、彼女の顔色を伺う。

玄関に見知らぬ男物の靴を見る。

「…お邪魔します。」
それでも、いつものように靴を丁寧に揃え玄関框を上がりながら、男の気配を感じ取り警戒する。

警察官をしていると致し方ない事だが、初動は誰にだって疑いかかってしまうのだ。
誰だ?と問うことも出来ず、松永は仏壇のある和室にと足を運ぶ。

彼女が好きな筈の和菓子と花束を仏壇に供えて、線香に火を灯し、手で払い消す。
正座して、しばらく手を合わせて黙祷するのが、いつもの松永のやり方だ。

その一連の動作はまるで、作法のように美しいから、紗奈はいつも知らぬ間に、彼を目で追ってしまうのだが。

「紗奈ちゃん、この人が松永さん?」
背後から話しかけられて、廊下から松永の様子を垣間見ていた紗奈は、ビクッとして振り返る。

「…はい。少し向こうの部屋で待ちましょうか。」
月命日にわざわざ足を運んでくれる松永の為を思い、紗奈はそっと襖を閉める。

松永は坐禅を組むような心持ちで、フーッと深く息を吐いた。
ついに、その時が来たのもしれないと…松永は察知していた。もしも、紗奈に恋人が出来たのなら、その時が自分の去り際なのだと思っていたから…。

『西宮班長…これで俺の役目は終了のようです。貴方の思いを叶えてあげられなくて申し訳ありません。』
そう仏壇に向かい手を合わせた。
< 3 / 29 >

この作品をシェア

pagetop