その男、溺愛にて
意を決して、松永は立ち上がり襖を開ける。

「ありがとう。」
隣の部屋に居るであろう紗奈に声をかける。

ガラガラと引き戸が空いて、
「お茶でもどうぞ。」
と、紗奈に声をかけられる。これもいつもの流れで、嫌われている事は重々分かっている松永は、重い空気が嫌で、いつも仕事があると程よく断るのだが…。

「…失礼します。」
と、今日はリビングへと足を運ぶ。

そこには、先程の声の主が座っていて、
「初めまして。」
と、にこやかに松永に頭を下げて来る。

「初めまして、松永です。」
ここで始めてその男の顔を見る。

身長は松永より低く175センチほど、中肉中背、人当たりの良い笑顔は紗奈と同じ銀行員だろうか…。デニムのズボンに、白のTシャツその上に麻の水色のカットソーをラフに羽織っている。

普段から色の無い服しか着ない松永とは、まるで真逆の雰囲気だ。

「僕は佐伯と申します。紗奈さんとは同じ職場の同期で、その…先日からお付き合いをさせて頂いておりまして…。」

男は営業マンだろう話し振りで、スラスラと話し始める。まるで、それは出来上がったシナリオを読んでいるかのようで、少しの違和感を松永に与えた。

そして気になるのはどうしたって紗奈の態度だ。
付き合い始めて幸せ絶頂な筈なのに、佐伯が話している間、終始ずっと俯いていて顔がよく見えない。

これは…どうしたものかと松永は考える。
 
職業柄、どうしたってその人となりを観察してしまうのだが、これは既に癖というようなものだから、意図的に止められるものでもなく。
2人の間に流れる違和感を敏感に察知してしまうのだった…。

佐伯の話す2人の馴れ初めを、BGMのように聞きながら、紗奈の事を注意深く観察する。

どうなる事を彼女が望んでいるのか、自分はどう出るべきなのか。騙された振りをするべきだろうか…。

判断に迷う時、いつだって松永は西宮班長だったらどうするのか考えるのだが、この問題に関してはなかなかに難しい。
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