その男、溺愛にて
佐伯の話しが一通り終わったところで、松永が静かに話し出す。

「俺は別に彼女の身内という訳でもありませんし、彼女は立派な大人だと思ってますので、俺に断りを入れてもらう必要はありません。」

「ただ…彼女の父上に、最後にお願いされた事をしていたまでですので…これで、私の役割は終わったのだと理解しています。」
そう言って、立ち上がろうとする松永を、紗奈が信じられないと言う顔で見つめてくる。

「父に…?最後…何て⁉︎」
その驚きの顔のままでこちらを見てくる紗奈を、松永も少し驚き一瞬動きを止める。
 
「父は…ほぼ即死状態だったと聞きました。
最後に…話しが出来たんですか⁉︎」

松永はゆっくり座り直し紗奈を見据える。
話すべきであろうか…。
彼女が今、知ったところで何のメリットがあるのか…。
松永は話すのを躊躇する。

「あれから5年経ちました。私はもう何を聞いても大丈夫ですから。…父は何て?」

そして意を決したように、松永は話し出す。
「班長はあの時…お前が先に逝くのは許さないと…。年の功なら俺の方が先だと言って…。
盾になるつもりで飛び出した俺を庇って撃たれたんだ。」

そこで一旦切って、松永はフーッと一息入れる。紗奈はそれを固唾を飲んで見守っていた。

「最後に班長は、紗奈の事を見守って欲しいと…出来れば…いや…1人で泣くような事や、困った事があったら助けてやって欲しいと…。最後まで、君の事だけを思っていた。」

それを聞いて紗奈は肩を震わせ泣き始める。

驚いたのはその場にいた男2人で…
佐伯はオロオロとポケットを探っているが、直ぐにハンカチが出て来ない。

「ど、どうしたの…西宮さん…。」
慌て過ぎたのか、ついには自分から墓穴を掘って苗字で紗奈を呼び始める始末…。

埒が開かないなと、松永は自分のハンカチを取り出して紗奈に渡す。
「紗奈が生きやすいように、これでも見守って来たつもりだ。力になってはやれなかったかもしれないけど…。」

いつだって帰り際、松永は憎しみたっぷりに睨む紗奈にお構いなしで、何か困っている事は無いか、俺に出来ることは無いかと言っていた。それが…彼の本当の目的だったんだと、今知る。

紗奈はこの5年ずっと、父が亡くなったのは彼のせいだと思っていた。無鉄砲に飛び出した松永を、止めるために命を落としたのだと…。

だけど、彼は自分が盾になる為、その場にいる人達を助ける為に自分が犠牲になろうしていた。それなのに…何も知らないで、彼の事ばかりをせめてしまっていた。

紗奈はひっくひっくと肩を揺らして泣き続ける。

「ごめんなさい…私、ずっと、あなたの…せいで、父が死んだんだって…人殺しって…大嫌いって…なんて酷い事を…。」

「いいんだ。確かに班長は俺を庇って亡くなったんだから…。お前が生きる為に、誰かを憎む事が必要だと思った。あの時、何の後ろ盾もない俺が、死ねば良かったんだって…俺だって何度思った事か…。」
松永が寂しそうにフッと笑う。

そんな事無い…松永さんが死んじゃったら、泣く人は沢山いる筈。紗奈は気持ちがもう少しで溢れそうになる。
だけど…彼を憎んで生きてきた5年間が、紗奈を思い止める。
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