その男、溺愛にて
玄関に入るなり私は松永さんに振り返り、

「何で…何で来られたんですか!?…俺の役目は終わったって…言ってたから、もう…2度と来ないのかと思ってたのに。」
怒り口調で言うと、

「いや…役目は終わったと言っただけで…来ないとは言って無い。」
少し押され気味に松永さんがそう返す。

「普通…あんな風に帰ったら…もう来ないと思うじゃないですか。」
今日はいろいろあったから、感情が爆発して、松永さんを責めるような言い方をしてしまう。今にも泣いてしまいそうだ。

「この前は夜勤の時間が迫っていたし…変な男もいたから良いかと思って…。しかし、あの男なんなんだ?売れない俳優でも雇ったのか?」
全てお見通しだと言うように、松永さんが反撃して来る。

「会社の同期です…。頑張ってくれたんですから、変な言い方しないで下さい。」
目を真っ赤にして抗議すれば、松永さんはギョッとした顔をして、

「ごめん…悪かった…。そんなに俺に会いたくないなら…もう少し頻度を抑える。」
松永さんは急にシュンと謝ってくる。

8歳も年上で、警視庁の幹部候補生で、SPの班長をしてる凄い人なのに…何でこんな小娘に言われたぐらいで、簡単に謝って…

本当に感情がいっぱいいっぱいだった私は、よく分からない涙がポロポロと出て来てしまう。

「いや…ごめん、俺が悪かったから泣くな。
ほら、紗奈が好きなロールケーキ買って来たから…。
ああ、ほらこれ、食べれば元気出るから。」

私を泣かしてしまったと慌てる松永さんが、ハンカチをポケットから取り出して、これ以上出るなというように、私の目元をハンカチで押さえる。

そんな事されると、もっと涙が止まらなくなるのに…

ウッウッ…と声を上げて泣き出してしまう。

「おい…泣くな。あーほら、あの変な男呼ぶか?
俺が来たのがまずかったなら、また、出直して来るから…。」
踵を返して帰ろうとする松永さんの袖を慌てて掴む。

「ずっと…待って、たんですよね…。お線香、あげてって…下さい。」
ところどころ切れ切れに、嗚咽しながら何とか話し終える。
< 9 / 29 >

この作品をシェア

pagetop