月の都の姫君はスローライフを送りたい。

 普通、断罪された『悪役令嬢』の行き着く先って、死ぬ前にループして今度こそ死なないように生存ルートを模索しての人生のやり直しだとか、いっそ聖女に生まれ変わるだとか、そういうものだと思うの。なのに……なんで?

 今の状況を端的に説明するとしたら『悪役令嬢が転生したら、光り輝く竹の中だった件』。

 婚約破棄された挙げ句、家族にも見捨てられて断罪されたはずのわたくしは、どうしてこんな狭くて固い竹の中に居るのかしら。

 自我ははっきりしてるのに身動きは取れないし、何だか眩しすぎて目が開けられない。辛うじて匂いや質感でこれが竹なのはわかるけれど……なんで光ってるの? もしかして今世は、竹の化け物にでも生まれ変わるの? そんなの生まれた瞬間討伐されてバッドエンドじゃない?

 そんな風にぐるぐる考えている間に、不意に頭上を何か刃物のようなものが通過して、すぱんと小気味いい音が響いた。その後、眩かった光が一瞬にして消えてしまう。
 何が起きたのかわからず恐る恐る目を開けると、今までわたくしを包んでいた竹が倒れる大きな音がした。

 ……えっ、もしかして今、生まれる前に命狙われた?

 一気に血の気が引いていると、不意にわたくしは安定した竹から抱き上げられる。それは今しがた竹をぶった斬った、見たこともないしわくちゃの顔をした男だった。

「……! なんと! 光り輝く竹を切ったら、赤ん坊が座っておるなんて! 珍しいこともあるもんだなぁ……よし、うちには子供が居ないから、連れて帰って婆さまと育てよう」

 ……説明的な台詞、とても助かるわ。どうやらこの人は、わたくしを育てるつもりらしい。出会い頭に殺されるバッドエンドルートを回避したわたくしは、とりあえずにっこり笑っておいた。

「おおっ、泣きわめくでもなくこんなにも愛らしい笑顔を振り撒いて……! そうかそうか、わしが世界一可愛がってやるからなぁ」

 圧倒的にちょろい。大丈夫なのかしら、この人。
 ともあれ、こうしてどう考えても胡散臭いし怪しい赤ん坊を育ててくれるという『竹取りの翁』と呼ばれるお爺さまと、お婆さま。そして、元悪役令嬢のわたくしの転生生活が始まった。


*******
< 1 / 6 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop