月の都の姫君はスローライフを送りたい。
「なんとまあ、爺さまや、この子は本当に美しいねぇ。たったの三ヶ月でこんなに成長して!」
「そうだなぁ……うちに赤ん坊は居なかったから詳しくないとはいえ、赤子ってのはこんなにも早く育つもんかね」
「ぎくっ……」
竹を切って加工したりして売っていたその日暮らしのお爺さまとお婆さまに育てられたわたくしは、何故かその後も光る竹から取れる金銀財宝を糧に何不自由なく、急成長を遂げた。
なんかこう、物理的に。最初の時点で竹に収まるくらい……大体九センチくらいしかなかったわたくしは、たった三ヶ月で赤ん坊通り越して少女と呼べるサイズ感に育ったのである。
優しそうな人に拾われてすっかり安心していたけれど、竹の化け物ルートは健在なのかもしれない。明日にでも三メートルくらいに育っていたらどうしよう。
「先日決めて貰った『なよ竹のかぐや姫』って名前も、よく似合うしなぁ……夜にも輝く竹より生まれしかぐや姫」
「ふふっ、この子が来てから家中輝いているものね」
「あ……あはは、ありがとうございます、お爺さま、お婆さま」
わたくしが怪物にならないか不安を抱えている一方で、お爺さまとお婆さまはそれはもうわたくしを溺愛してくれた。
前世の『月の都』では、姫として比較的わがまま放題していたせいで色んな人から嫌われて、ぽっと出の女に婚約者を奪われた挙げ句、家族からも見放されて月の崖から落とされこの地上に追放されたわたくし。
追放なんて名ばかりで、あんな崖から突き落とされて一度死んだに違いない。でないと、赤ん坊からやり直しなんて説明もつかないし……そもそも月、遠いのよね。空に小さく浮かんでいるあれが、元居た世界だなんて信じられない。あんなところから落とすなんて正気の沙汰じゃない。
「……でもまあ、こんな記憶があっても、今さら月の都に帰りたいとも思わないのよね」
今さら帰っても、居るのはわたくしを捨てた婚約者に、一国の姫から婚約者を奪うような女。それに、婚約破棄の腹いせにちょっとそいつらに意地悪しただけで、一家の恥さらしだと崖から突き落とすような薄情な家族。
「むかついてワインぶっかけただけなのに……何よ、わたくしから全てを奪った女も、そんな女に乗り換えたあの人も、わたくしを捨てた家族も、みんな大嫌い」
ささくれ立った心は、子供の身体に影響されてか随分とコントロールがきかない。思い出すだけで涙が出そうになった。
けれど実の家族よりも優しく温かなお爺さまとお婆さまからの惜しみ無い愛情を受けながら、わたくしの心の傷が少しずつ癒されるのを感じていた。
月の都のような煌びやかさも華やかさも、空を飛ぶ羽衣だとか便利な道具もないけれど、ずっとここで、かぐや姫として暮らすのもいいかもしれない。
三人だけで、この静かで穏やかな幸せな日々を満喫して、もう少し身体が成長したらお爺さまと一緒に竹でも取りながら、結婚だとかも気にせずスローライフを謳歌したい。
そんな風に思っていたのに、罪を犯した悪役令嬢の宿命か、わたくしの理想の生活はあっさり壊されてしまう。
「ん……?」
「どうした、かぐや姫や」
「いえ……そこの生け垣のところに、誰か居たような気が……」
「ああ、近頃是非おまえを嫁に迎えたいと縁談の申し出が多くてなぁ……夜にまで来るとは熱心な」
「……よ、嫁ぇ……!?」
名付けの祝宴の後くらいから、家の周りにいつの間にか、見知らぬ男たちがたくさん来るようになっていた。昼夜問わず家の周りを囲うたくさんの男。
最初は求婚なんてただのカモフラージュで、急に豊かになった家を狙っての賊の下見か何かかと思ったけれど、彼らは特に危害を加えてくる訳でもなく、目が合えば色めき立ちわたくしに歌を詠んだり求婚してくるのだ。
「ああ、麗しの姫君! どうか私めと結婚してください!」
「何を言う、かぐや姫と添い遂げるのは我ぞ!」
「はあ? 彼奴は俺の嫁だ! なあかぐや」
「ひえ……」
誰の嫁でもない。こちとら婚約破棄されたばかりの身だ。
これは賊だなんだと疑うまでもなく、信じざるを得ない。彼らは押し掛けストーカー。しかも大量発生。
どうにも、祝宴の際にわたくしの外見に惚れ込んだ殿方が大勢居たようで、噂が噂を呼び我が家はわたくしを一目見ようとする男たちにより山の中の観光地になってしまったらしい。美しいって罪だ。
「いや、実害なくても怖すぎる……存在が恐怖」
この国では女は年頃になると家を出て嫁ぐのが普通らしく、お爺さまもお婆さまもわたくしの恐怖をあまり理解していないようで、引く手あまただと呑気に微笑んでいる。
自分の身を守れるのは自分だけだ。わたくしはその日から徹底的に引きこもり、移動も窓のない場所や物陰を選んで出来るだけ外から姿を見られないように気を付けた。隠密にでもなった気分だ。
そんな生活を続けていると、一人また一人と諦めた男たちは去っていった。そもそもが中身をろくに知らず外見だけで求婚するような奴ばかりだ、一目も見れないとなればそりゃあ諦めるだろう。
それでも、竹しか採るようなもののない山の中、数週間と諦めず毎日家の中を覗いてくる男たちが五人居た。ストーカーの鑑五人衆である。
「……いつ諦めるのかしら」
どうやら残ったのは、石作皇子、車持皇子、阿倍右大臣、大伴大納言、石上中納言……という五人の男たちらしい。
名前がややこしいので『石作さま』『車持さま』『阿倍さま』『大伴さま』『石上さま』としておこう。
「かぐや姫や、彼らの内誰に嫁ぎたいんだ?」
「……えっと、誰にも嫁ぎたくはないのだけど。そもそも、わたくし彼らのことを何も知りませんもの」
「むう……それもそうか。では、会って話をしてみるといい」
「えっ!?」
お爺さまもお婆さまも嫁ぐの推奨派だから「嫌だ」なんてわがまま通らないとは思っていたけれど、大事な娘をストーカー連中と会わせるなんて何を考えているのだろう。
幼少期から決まっていた婚約をあっさり破棄されたわたくしとしては、こんなにもすぐに男にうつつを抜かすなんて言語道断だ。
「あの、お爺さま、わたくし……」
「待っていろかぐや姫、今五人をお連れするからな!」
「えっ!!?」
遠回しに断ろうと思ったけれど、老い先短いからと生き急ぐお爺さまの行動は早かった。
わたくしは早速ストーカー五人と集団面接のように対面させられて、思わず表情が固まってしまう。
せっかくの光り輝くと評判の美貌も、悪役令嬢丸出しの凶悪な顔になってしまうのは仕方ない。
男たちは気にした様子もなく、初めてまともに対面したわたくしへと熱っぽい視線を向ける。
「ああ、姫。噂に違わぬ美しさ。私は石作皇子です、以後お見知りおきを」
「はあ……石作さまも、イケメンですね」
「イケ……?」
雰囲気イケメンだけど、爽やかな笑顔が胡散臭いタイプ。苦手。
「かぐや姫、僕は車持皇子。その美しさに免じて僕が娶ってやろう」
「車持さま……お坊っちゃまキャラね」
「キャラ……?」
持ち物がギラギラしていて、社交界にも居た財力アピールのひどい成金貴族タイプ。苦手。
「……、阿倍右大臣だ」
「阿倍さま……口数少ないワイルド系」
「……?」
この面子の中で一番がっしりとした体格で、兵士に居そうなタイプだ。無口で野蛮そうで少し怖い。
「俺の名は大伴大納言……」
「はいはい大伴さま」
「待て、俺にだけ対応雑じゃないか……?」
「いえそんなまさか」
正統派イケメンだけど、俺様っぽくて婚約者に見た目が似ててかなり苦手。正直対峙したくないナンバーワン。
「ええと、石上中納言と申します……すみません、姫様のお美しさに、少々緊張しております」
「石上さま……気弱系少年漫画主人公」
「へ……??」
こんなに気弱そうで線も細いのに、ここまで居座った執念は何なんだろう。裏属性がないといいけれど。
そんなわけで、個性豊かな五人のイケメンたちに求婚された件。……なんて、逆ハーレムを形成しようと言う気にはなれない。今のわたくしは、再三言うけれど男なんてくそ食らえ状態なのだ。
「ということで……わたくしのわがままを叶えてくださる方の求婚を受け入れますわ」
意地悪な無理難題は得意中の得意。悪役令嬢の本領発揮だ。
わたくしは一人ずつに無茶振り要求をすることにした。
「石作さまは『仏の御石の鉢』をわたくしの元へ」
「仏の御石の鉢?」
「天竺に伝わるという、お釈迦様のお使いになった大変ありがたい物ですわ」
「わかったよ、姫のためにとびきりの鉢を厳選して取り寄せよう」
「厳選も何も仏の御石の鉢は大変稀少なので、この世にひとつあるかないか……」
「何だって? そんな貴重品なら、早く買い付けないといけないね! 待っていておくれ」
イケメンはわたくしの言葉を聞いて、早速屋敷を出ていった。
「車持さまは『蓬莱の玉の枝』をわたくしの元へ」
「蓬莱の玉の枝? 聞いたことがないな」
「ここより遥か東の海にある『蓬莱山』にのみ存在する物でございます。根は白銀、茎は黄金、実は真珠のそれはもう美しい植物で……」
「ほう? 僕にこそ相応しい高貴な物だな。枝なんぞと言わず木ごと持って参ろうか」
「その木は蓬莱山にしか根を張らないとかそうでないとか。なので、その枝を持ち帰りください」
「ふむ、わかった。すぐに用意しよう」
成金男もそう言って、自信満々に屋敷を出ていった。
「阿倍さまは『火鼠の皮衣』をわたくしの元へ」
「……火鼠? 聞いたことがない」
「大変火に強い鼠ですわ。炎の中に入れても燃えないという防火性の高い皮衣らしいです」
「……なるほど。その織物を着物に仕立てて纏えば、火の中でも戦えるな。わかった、探してこよう」
「わたくし、戦う予定はありませんが??」
脳筋兵士は、意気揚々と屋敷を出ていった。
「大伴さまは『龍の首の珠』をわたくしの元へ」
「龍か……ふん、どんな化け物を前にしても、この俺が取ってきてやろう」
「五色に光る美しい珠……ですが龍がどの辺りに居るのかは存じませんので、そこからお探しください」
「天竺やら蓬莱やらは産地も特定していたのにか!?」
納得いかなそうにしながらも、婚約者似の俺様は屋敷を出ていった。
「石上さまは『燕の子安貝』をわたくしの元へ」
「燕の……?」
「ええ、海にあるものではなく、燕が生むものがあるとかないとか……」
「珍しいものなんですね、頑張って探します!」
気合いを入れるように拳を握って、気弱な彼も屋敷を出ていった。
「ふう……やっと消えたわ。これで今夜から視線や気配に悩まされずに眠れる……」
それぞれ要求をしたけれど、どれも本当にあるとは言っていない。我ながらずるいとは思うが、無理に結婚させられるくらいなら無いものを要求するくらい許されるだろう。
こうしてわたくしは、久しぶりの平和な夜を堪能した。
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