月の都の姫君はスローライフを送りたい。
結局お題はこなせず、わたくしへの求婚者は全員脱落。約一名諦めていなかったけれど。
これでもう無理な結婚話もなくなるだろうと清々したのも束の間、スローライフ再開から少しして、お爺さまが再び嬉々とした様子で縁談を持ってきた。
「かぐや姫や、素晴らしい贈り物が届いたぞ! なんと、帝からの手紙だ!」
「……は?」
「これは受け入れない訳にはいかんなぁ、やあよかった!」
「えっ、ちょ」
「五人とも追い返した時はどうなるかと思ったけど、このためだったのねぇ」
「は、違……っ!?」
お爺さまもお婆さまもすっかり乗り気で、何なら宴会でも開きそうなフィーバー具合だ。当事者であるわたくしは口を挟む余裕もない。
手紙を恐る恐る受け取ると、そこにある名前は確かに帝。つまり国のお偉いさんだ。
そんな人が婚約者候補を五人も追い返したわたくしに求婚とか何を考えているのだろう。妃なんて重要ポジション、おもしれー女枠で選ぶものじゃないだろうに。
「お、お断りの手紙を書きます!」
「何を言っているんだ、帝だぞ? これ以上の結婚相手が居るものか」
「そうよ、かぐやのためなのよ?」
「でも、わたくしは……」
結婚なんてしたくない。男なんてまっぴらだ。どうせまた裏切られてひどい目にあうのだ。
そう思うのに、育ててくれた二人への恩や、結婚するのが当然というこの国の女の在り方を知った今では、強く拒否することも出来なかった。
「わかりました……手紙、だけなら……」
「おおっ、書けたらすぐに届けよう」
「はい……」
こうしてわたくしは、ひとまず手紙でのやりとりをすることにしたのだけど、さすがは帝、あの五人のように無礼に押し掛けてくることもなく、無理強いもしなかった。ただ本当に、わたくしたちは手紙でのみ交流をした。
最初は気乗りしなかったものの、手紙のやりとりは始めてみると存外楽しく、恋愛とまではいかずとも悪い印象はなかった。
誠実な様子に人として信頼したり、その教養に感嘆したり、素敵な言い回しの恋文に満更でもなくなったりはしたけれど、時折届く贈り物はどれも高価でセンスもあってわたくしのみならずお爺さまたちも喜んでいたけれど、断じて違う。これは決して恋ではない。
「……わたくしは、恋なんてしないわ」
お断りしたあの五人も、真剣だった。無茶苦茶言ったわたくしのことを、きっとそれでも想ってくれていた。
その想いを自分勝手に断ったのだ、権力者だからと帝の求婚を受け入れる気はなかったし、それは意地でも責任感でもなく、自分が決めたことだった。
『かぐや姫、あの柔らかく美しい月の光を見る度に、あなたを想います』
「……わたくしが月を見て想うのは、今は遠い故郷のこと」
『かぐや姫。文を交わす度あなたに恋い焦がれてしまいます』
「わたくしは文を交わす度、あなたを好きにならぬようにと心を固く閉ざしますわ」
『かぐや姫、いつの日か、あなたにお会いしたい』
「わたくしは……」
気付けば繰り返し交わした手紙の束はすっかり分厚くなり、机の引き出しに入りきらなくなって、わたくしは溜め息を吐く。
交流さえ続けていればお爺さまたちは文句も言わなかったし、帝の求婚を断ったなんて悪評も立たない。手紙自体は楽しかったし、問題もない。現状維持さえしていれば、平和そのもの。
けれどこうも進展せず、やりとりを始めてから会うことすらしていないのはどうなのだろう。……否、進展するつもりはないのだけど。これでいいのだけど。
「帝って奥手……? それとも、会えば無茶振りされてわたくしが断ると思って、何か対策を練ってる……? さすがに帝相手にそんなことしないのに……」
いつの間にか手紙の先のまだ見ぬ彼を想像して、わたくしは必死に首を振った。これは、恋ではない。
「……あ」
ふと彼の手紙の一文を思い出し、夜空に浮かぶ月を見上げる。この光を浴びて互いを思っている時、きっとわたくしたちは会瀬をしているのだ。
そんならしくもないことを考えた時だった、ふと、月の光から、わたくしの耳に懐かしい声が届いた。
「……嘘でしょう」
どうやら、もうすぐお迎えが来るようだ。
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